池口惠觀大僧正講話
(1)

平成20年1月14日

【池口惠觀大僧正ご挨拶】

謹啓

  初春の候、皆様方にはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。また、日頃は私ども最福寺に対しまして、一方ならぬご高配を賜わりまして、誠にありがとうございます。衷心より厚く御礼申し上げます。

 さて、私、真言密教の行者として日々護摩行に勤め、世界平和と衆生の安寧を祈願しておりますが、平成十四年春以来、微力ながら日本再生に少しでも力になれればと思い、毎月一回、支持者の方々に「池口惠觀の日本救国論」と題して、その時々の出来事に関する私なりの見方をご照会しつつ、この国のあり方について、短いお話をさせていただいております。

 この間、小泉政権のもとで構造改革は着々と進展し、日本経済は除々に立ち直りの兆しを見せてきました。しかし、政官業の周辺で不祥事が相次いで表面化したほか、人間の尊厳を踏みにじるような凶悪事件が頻発するなど日本社会の精神的な荒廃は、依然として歯止めがかからないようであります。

 私は安倍政権の最大の課題は、この精神的荒廃を立て直す道筋をつけることだと考えていましたが、安倍総理は志半ばで退陣され、福田政権が誕生しました。政権の理想は変り、この国の伝統的精神を大切にしながら、深刻な精神的荒廃を正す路線は、一時的に後退を余儀なくされた感があります。

 然し、この国の精神的荒廃に歯止めをかける努力は、一歩一歩地道に遂行されなければなりません。そのためには、各界のリーダーの立場にある方々が、日本の伝統精神や美徳を体現し、国家・国民のために身口意、すなわち身体と言葉と心をフル回転させている姿を、国民の前に示すことが肝要だと考えます。

 真の日本再生への祈りを込めて、私はこれからも「日本救国論」を続けていく所存であります。ご高配のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

敬具

 平成二十年一月元旦

  最福寺法主 池 口 惠 觀
上 様



惠觀第一講話(1)

高野山真言宗伝燈大阿闇梨
百万枚護摩行者最福寺法主 医学博士 大僧正
      池 口 惠 觀

  旧年は「丁亥」(ひのとい)の年、私は新年会などで、「丁亥」の年の特徴を次のように申し上げました。

 「丁」(ひのと)という文字が「火」を表すと同時に、草木が生い茂る前の充実した状態を表すのに対して、「亥」(い)という文字は「水」を表すと同時に、草木が凋落し生命力が種子の中に閉じこめられてしまった状態を表し、二つの文字が相反する意味合いを持っている今年は一筋縄ではいかない難しい年になりそうだ、と。

案の定、平成19年の旧年は激動の年になりました。自然災害では、3月に能登半島沖地震、7月に中越沖地震が発生し、大きな被害が出ました。特に、中越沖地震では、東京電力の柏崎刈羽原発が被害に遭い、一歩間違えば、大惨事になるところだったことは、原発の地震対策に大きな教訓を残しました。

 自然災害に劣らず激動したのが、政界であります。春先までは一昨年秋に発足した安倍内閣が、無風状態の中、巡航速度で飛行していましたが、その後、政治家とカネの問題、大臣の不規則発言など、相次いで問題が噴出し、さらに社会保険庁の年金デタラメ管理に追い討ちをかけられ、失速を余儀なくされました。そして、夏の参議院選挙では自民党が記録的な惨敗を喫し、民主党が参議院の第一党に躍り出たのであります。

 安倍総理は続投を宣言し、人心一新を図るために内閣改造も断行されましたが、国会内外の激しい逆風に体調を崩され、秋の国会の冒頭、所信表明の直前に辞意表明されたのであります。自民党は急きょ総裁選を行い、福田康夫、麻生太郎両候補の一騎打ちの末、福田内閣が誕生しましたが、参議院で民主党に主導権を握られ、前途多難が予想されました。ところが、その後、福田総理と小沢党首が二度の首脳会談を行い、一旦は大連立が成立寸前まで行くという意外な展開を見せたのであります。しかし、民主党内の猛反発で、大連立は一日で暗礁に乗り上げ、小沢党首が辞意を表明する事態となりました。小沢党首の辞意はすぐに撤回されましたが、この一連の騒動により民主党の勢いに歯止めがかかったかに見えました。

しかし、昨年行われました大阪市長選挙では、自民・公明が支持した現職候補が、民主党などが推した新人候補に敗れ、依然として自民党に対する逆風が吹いているようであります。その背後には、防衛省絡みの汚職問題があるのは間違いありません。

 いずれにしても、自民党の参議院選惨敗、安倍総理の退陣も年初には考えられなかったことであります。その後の一夜にして福田総裁誕生の流れができて、あれよあれよという間に福田内閣が発足したことや、アッと驚く大連立構想、それに続く小沢党首の辞意表明から辞意撤回と、今年の政界は、次から次へと予想外の出来事が発生し、まさに「政界の一寸先は闇」を証明した年でした。これも「丁亥」の年の年回りだったのかも知れません。

 ところで、民主党内部の猛反発で暗礁に乗り上げた感のある大連立構想ですが、その火は完全に消えたわけではなく、永田町の地下深くではマグマとして噴出のときを待っているようであります。実際、民主党の小沢党首は、自民党と連立を組み、政権内部から民主党の政策を実現させ、政権担当能力のあることを証明するという、自分の考え方は間違っていない、と明言しています。また、鳩山幹事長も、次の総選挙後には連立があるかも知れない、との予測を口にしています。小沢党首が辞意表明の席上、今の民主党には次の総選挙で過半数を取り、単独で政権を運営していくだけの力はない、という意味の発言をしたのは本音だった、と私は感じています。

 一方、自民党としては、参議院の過半数を野党に握られた状況で、スムーズに政権運営していくことが難しいのは明らかであり、今後も新たな連立を模索していく可能性は大きいと思います。

 非自民の細川連立政権の発足により、一旦野に下った自民党が、その後、不倶戴天の敵であった社会党と組んで、自社さ連立政権を作って、政権に復帰したときのなりふり構わぬ苦労に比べれば、現在の政治状況の下で、「小異を捨てて大同につく」という精神で連立を志向することは、むしろ当然といえるかも知れません。小沢党首が明言しているように、次の総選挙までは大連立が蒸し返される可能性はほとんどないと思われますが、いかに遅くとも一年半以内に行われる総選挙に向けて、水面下で政界再編含みの連立構想が渦巻くのは必至という見方が強いようであります。

 私は、冷戦崩壊によりイデオロギーによる対立の時代が終わり、経済のグローバル化が一段と加速する時代において、日本が選択すべき道はそれほど幅広くはないと考えております。つまり、アメリカやイギリスのような二大政党制の国において、政権交代が行われても、国家戦略が革命的に変化することがないように、日本も二十一世紀において、この国のかたち、あり方を劇的に変化させることはないと思うのであります。であるとすれば、必ずしも二大政党制にこだわらず、国家・国民のために、場合によっては大連立が行われることがあってもいい、とも考えるのであります。特に、日本は国民統合の象徴として天皇陛下をいただく国でありますから、主権者である国民の支持が得られる場合には、そういう選択もあり得べし、と私は思うのであります。

 さて、政界再編含みの動きといえば、昨年11月13日に中川昭一元政調会長が開いた会合が、大きな注目を浴びています。中川さんは自民党内の保守派議員を派閥横断的に集めた政策勉強会を作るために、その準備会を開いたわけですが、そこに自民党の衆参議員15人が集まり、「新派閥の立ち上げか」と、注目を浴びたのであります。そして、その会合に、現在無所属の平沼赳夫さんが30分ほど顔を出したために、政界再編絡みのさまざまな憶測が飛びかったのであります。

 平沼さんは郵政選挙で自民党を離党して以来、同じく離党し当選してきた他の議員が相次いで復党した中で、無所属を貫き、落選中の離党議員を物心両面から支えています。総選挙に向けて新党を結成するのではないかとの噂もあります。

 中川さんと平沼さんが何らかの形で組めば、この国の伝統的な精神やお国柄を尊重する、いわゆる保守主義の人たちから、大きな注目を浴びることは必至であります。中川さんの動きが今後、どう展開していくかは、総選挙絡みの政局に大きな影響を及ぼすことも考えられます。

 中川さんは「国民が抱えている不満や不安、不信を何とか解消し、自信と誇りを持てる国にしたい」という思いから、政策勉強会を立ち上げると言っています。まさに、安倍前総理が推進しようとした路線であります。

 中川さんはまた、「国や地域の文化や伝統、歴史、誇りを守りながら、国民が本当に幸せになる改革を進めるという保守の理念で、福田首相を全面支援していく」とも語っています。つまり、安倍路線の修正が言われる福田政権においても、保守の理念から安倍路線の必要性を主張し、日本再生に向け真の改革を進めていく、という覚悟を固めたというわけであります。

 ここで想起するのが、中川さんのお父さん、中川一郎さんが昭和四十八年当時、渡辺美智雄さんや石原慎太郎さんたちと結成された派閥横断の政策集団「青嵐会」のことであります。参加者全員が血判を押したことで話題になりましたが、その青嵐会の趣意書には次の六つの柱が掲げられていました。

 一、自由社会を守り、外交は自由主義国家群との緊密なる連繋を堅持する。
 二、国民道義の高揚を図るため、物質万能の風潮を改め、教育の正常化を断行する。
 三、勤労を尊び、恵まれぬ人々をいたわり、新しい社会正義を確立するために、富の偏在を是正し、不労所得を排除する。
 四、平和国家建設のため、平和は自ら備えることによってのみか獲ち得られるとの自覚にのっとり、国民に国防と治安の必要性を訴え、この問題と積極的に取り組む。
 五、新しい歴史における日本民族の真の自由、安全、繁栄を期するために自主独立の憲法を制定する。
 六、党の運営は安易な妥協、官僚化、日和見化等の旧来の弊習を打破する。

 この趣意書ができてから35年近くが過ぎ、その間、東西冷戦が崩壊するなど、国際情勢が変化していますから、若干、現在の状況にそぐわない部分もありますが、全体として平成の日本にも通用する趣意書であります。

 特に、バブル狂乱と政界・官界・経済界の堕落、教育現場の荒廃、社会正義の衰退などをま目の当たりにしてきた平成の私たちにとって、この趣意書はむしろ新鮮にすら感じられます。

要するに、安倍前総理が掲げた「美しい国づくり」や「戦後レジームからの脱却」は、35年前に青嵐会が掲げていた理念と通底し、さらに言えば、保守合同で自由民主党が創立されたときからの悲願でもあったのであります。

 今回、中川昭一さんが立ち上げようとされている政策集団は、まさにその流れを引き継ぐものであり、今後いかなる政界再編が行われ、いかなる連立が行われようとも、国民がこの国本来のお国柄に自信と誇りを持てる国を目指す、真の保守主義の立場は堅持するという、強いメッセージを発するものであります。

 私は、この中川さんの志を壮とする国民は少なくないと思う一人であります。

合掌

つづく
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