ウクライナ危機と日ロ関係を考察する!

山梨学院大学名誉教授 K・O・サルキソフ

 ロシアがクリミア半島を編入してから一年が経ちました。時間が経てばその波風は絶えるだろうという見方がありましたが、それは楽観過ぎて最近また激しくなっているばかりです。真正面から独立ウクライナと欧米に冷淡な挑戦をしたプーチン・ロシア大統領は、独断で大胆かつ冒険的な行為を成し遂げましたが、その結果はまだ十分把握ができません。危機がまだ納まっていないことから、これからどうなるかは予見しにくく、将来を考えると未知数が多すぎるのが現実です。主なものを上げれば以下の通りです。



危機の拡大


 紛争の火種がクリミア半島からウクライナ東部に波及しました。クリミア半島の編入は無血でしたが、その後のウクライナの二つの州(ドネツクとルガンスク)をめぐる戦闘は最近まで続き犠牲者は六千人に上りました。破壊された建物や難民の数を入れれば21世紀のヨーロッパで起きた大災害といえます。

 現在は停戦の状態にありますが決して安定はしているとはいえません。その根本的な原因はその州の自治権の枠組みに対して対立勢力の意見が一致していないことにあります。ロシアの支援をバックにしたドネツクとルガンスクの勢力は、ウクライナの政府軍と戦いで優勢であり、攻撃作戦を続けばウクライナ東部のほかの地域も占領する余裕があるようですが、欧米からの対ロ制裁の拡大を恐れるプーチンは彼らを抑えています。しかしロシアと欧米との対立は赤線を超えると、その勢力はプーチン大統領がうなずけば続伸します。その時の目標としては同じドネツク州のアゾフ海のマリウポリ市です。

 ドネツク市には私の親戚がいます。それは年配の夫婦です。時々ネット上のスカイプで話をしますが現地の状況は大変のようです。「停戦までは爆撃の乱発、水や物とお金の不足、置きざりにされた家屋に入る強盗等々でひどかった。ロシアはこの領土に対するウクライナの主権を原則的に認めていますが一番困っているのはこれからの見通しがあいまいだからです。EUと米国に励まされているウクライナの中央政府から妥協を引き出すのが難しく時間が誰のために動いているのかがわからない。結局、自分の尽力と我慢強さに期待しなければならない」と言っていました。



ロシア経済の忍耐力

 同じように、制裁下のロシア経済は尽力と我慢強さが問われています。欧米が講じた経済制裁の拡大と同時に原油価格の暴落(去年7月から急激に一バレル当たり98ドルから40ドル台まで半分以下に下がっている)によって、いわゆる便乗効果が働き、GDPの低下、インフレの暴走、ルーブルの下落等々が国民生活に大きな負担となっています。去年12月今年の2月までモスクワに滞在して時勢の厳しさを肌で感じていました。

 とはいえ、モスクワなどの大都市では店に物が十分であるので生活水準が落ちているというような劇的な状況ではありませんがこれからはどうなるかが問題です。経済の構造改革に遅れているプーチン政権は激しい試練に直面しています。それは危機から脱出するための突破口を探すにはいくつか危険な誘惑があるからです。

 経済は物価と消費への国家管理、金融の動きへの制限等のまぼろしが見えているのですが、プーチンはまだ市場経済にこだわっているために経済状態が厳しさを増したらどうなるかが心配です。政治は民主主義と言論自由を牽制する兆しが少しずつ現れています。



ロシア国内安定

 言論の自由の牽制は直接ではなく、民族主義の台頭によって出来上がる国内雰囲気は政府を批判したり反対の意見を述べたりするにはかなりの勇気を必要とします。クレムリンから手が届くほど近いモスクワ川の鉄橋で暗殺された一人の政治家のことを考えれば、その雰囲気のせいであるといわざるを得ませんが、殺人犯罪者はチェチェン共和国の「プーチン親衛隊」と名づけられている部隊の出身で、プーチンと彼の「権威主義権」を猛烈に批判していた政治家の暗殺はプーチンにも影を落としているので彼にとってもショックであり挑発的な行為でありました。

 そのような雰囲気でおおわれている国内状態は流動的で、プーチンのウクライナに対する政策の支持率は現在85%程度ですが、一般国民の生活が更に苦しくなれば反プーチンムードが広がってくるに違いないと思います。彼による手動型民主主義は権威主義に変貌しつつありますがその見通しもあまり明るくなく彼自身も突破口を探しているかもしれませんが。それも外交の成果によるものです。



これからのロシアのアジア外交

 日本では「脱亜入欧」という大きな目標を掲げて明治維新が行われました。後進地域であったアジアから脱出して欧州の先進国の陣営に入ろうとしたのです。現在のロシアは逆に「脱欧入亜」を考えているように見えますが、実際には地政学的、文化的に無理だと思います。しかし、短中期的に見ればアジアへのシフトは避けられません。その過程にはアジアにおける自分の新しい位置付けを追求するロシアが注意しければならない点が少なくありません。アジアは欧州と違ってあまり統合されていない地域ですから排他的ではありません。しかし核兵器保有大国のロシアはその構造に編成されると、均衡の取れた外交政策をとらないとアジア諸国の仲間には歓迎されません。

 アジアにおけるパワーセンターは三つあります。総合国力からの順位は中国、日本、インドです。その中から「中ロ」、「日ロ」、「印ロ」の関係の内容を見れば、中ロははるかに優勢といえるのでアジアシフトのロシアは中国一辺倒になる恐れがあります。中国とロシアは同盟関係を考えていません。それは相互依存度の高すぎる関係があまりにも健全ではないからです。印ロはさておいて日ロ関係はその観点から見れば重要な役割を果たさなければなりません。



これからのロシアと欧米

 ロシアは欧州と米国との関係をより悪化させたくありません。欧州は、他国的な仕組みなのでロシアとの激しい対立を避けたい加盟国があります。しかし米国は違います。米ロは今まで以上に悪化する可能性はあります。クリミア半島編入一周年記念を機会に、「核兵器の使用準備を検討した」と認めたプーチン大統領の失言はその背景に米国との冷戦的な対立があったのです。米国は3月の中旬ウクライナに追加支援を発表しました。それは総額7500万ドル(約91億円)で、高性能無線や迫撃砲感知レーダー、前線の状況などが偵察できる小型の無人機、30台の装甲車を含む計230台の軍用車両の供給の計画です。アメリカは今回、殺傷武器の供与を差し控えたのは赤線を越えないためなのですがこれは冷戦に似ています。

 米ロ関係が悪化すればするほど日ロの接近は勿論、現存関係を維持することにもいろいろ難問が出てきます。しかし、米ロはかなり冷え込んできたのに国際テロ、イラン問題、中近東、核兵器不拡散等々の問題においては一定の協力が存続しています。3月28日、国際宇宙ステーションにロシアの宇宙船がドッキングして二人のロシア宇宙飛行士と一人の米国宇宙飛行士はこれから一年間仲良く宇宙開発の仕事に取り組み「現行の国際宇宙ステーション計画は2024年までなので、2024年以降は米ロ共同プロジェクトとして新型国際宇宙ステーション計画の検討をスタートすることを米国NASA(アメリカ航空宇宙局)と合意ができた」と同日ロシアの「連邦宇宙局」の代表が声明しました。

 要するに米国の対ロ姿勢の激しさにもかかわらず、両国関係には「対立」と「協力」は平行で進んでいるわけです。「Agree to disagree」という英語の表現があります。直訳すると「合意しないことに合意する」ことで、「平和で生きていけることを願うものはそれぞれの意見、価値観や観念が違うのを乗り越えて、その違いが縮小するまでの次の段階まで頑張っていくことが得策である」という十八世紀末期のイギリスで生まれた知恵です。領土問題以外、根本的な対立のない日ロ関係では同じような知恵が米ロ関係より適応されるべきです。



日ロ関係、安倍政権とプーチン

 今回の現職期間、安倍総理はソチ五輪以降の会談を含めて10回プーチンにあっています。個人的な関係ができたことを誇りに思っていた安倍総理にとってロシアに対する制裁は頭の痛いものであるでしょう。日本の政治舞台を去って、まったく個人の資格でクリミアを訪問した鳩山元総理さえ日本のマスコミと社会から猛烈な批判を浴びています。現職の総理はいろいろ制限とタブーがあるのは当たり前のことです。G7のメンバーシップはもちろんですがプーチンに対する一番厳しい立場を取っている米国との緊密な同盟関係を考えれば、対ロ独自外交を取れるのは疑問が多いのです。しかし、そうでもない一例があります。イスラエルの対ロ政策である日本より米国への依存度が高いイスラエルは、同盟関係にかかわらずプーチン政権と建設的な関係を維持し、制裁に参加していません。先方はその立場を弁護するさい、自国の地政学的な環境と周辺はロシアとの対立を許しません。アメリカはこの理屈をわからないわけではなく、黙認せざるを得ないのです。安倍総理にとってもその論理は成り立つのではないかと思います。中国と韓国との関係は、敵にならないために頑張っている間、プーチンとプーチン後のロシアは中国と緊密な関係を持ちながら政治的にも経済的にも日本から離れていくことは日本の国益から見た場合はどうも芳しくない。

 今までの話は政治と政治家のことでした。しかし壁にぶつかる政治の場合、民間の努力は必至となってきます。政治的な理由によって制裁の形をとった障害にぶつかっている日ロは短期的には二つの方向性は考えられます。それは経済と民間外交です。経済プロジェクトの維持と拡大であると同時に民間交流の活発化と充実であります。大型のプロジェクトに対するG7とアメリカの圧力がかかってくることは疑いがありませんが、その「聖域」であるのはエネルギー部門です。そのほか、東シベリア、極東地域、特に中国や韓国から程遠いい、日本と密接なサハリンとカムチャッカ開発の余裕を十分研究して投資や合弁等の案件をリスト・アップして、その実行を妨げる要因とこれを除くために何が必要であるかを文書にまとめて両国政府に提供しながら「草の根」のレベルからマスコミを通じてプッシュすることが重要です。