戦後最大の国家危機に対し  
  ナショナリズム戦線を構築せよ

平成22年6月4日

 今、我が国は戦後最大のそして深刻な危機を迎えている。国家が本来の機能を発揮し、国と国民の安全と安定を図る術を失いつつある。危機意識の乏しい政治家は、財政破綻が目前にあることに目を瞑り、国民の顔色を窺いつつ、政権にしがみつくことだけを考えている。国家の未来を考え、国家の再生を図る政治が出現しないならば、我々は滅亡への道を突き進む以外に選択肢は残されていない。 


戦後民主主義が作り出した現在


 戦後六十五年、日本は日本の個性と歴史を壊し続けて現在を築いてきた。アメリカ流の自由主義は個人と国家の対立を助長させ、節度を失った自由主義は個人を国家の上に置くことを是としたのである。では日本の個性と歴史とは何であったのか、それは日本人の底に脈打つ「忠・孝」の精神、最高の道徳心なのである。国民が国家を支えることが真実ならば、国民が国家を滅亡させることもまた真実である。戦後民主主義は節度なき自由と限りなき個人の欲求の氾濫を生み出し収集がつかない事態を招いたのである。

 現在日本にとって最も必要なことは、日本国民が本来の日本精神を取り戻すことに尽きる。

 政治、経済が混迷を深める中で我々保守民族派の役割は増大せざるを得ない。しかし大言壮語ではなく、今、我々に出来ることを着実に実行してゆく強固な意志と行動力こそが求められている。


保守民族派に求められる課題


 浮き足立っている現在の政局に対し、我々は何を提言し、何を実行するべきであろうか。国家観なき、国益の視点を持たぬ民意に左右されず、大局的な視点に於いて判断しなければならない。国家の安全保障を他の国に委ねるという異常な国の形を正常化させることは最低限必要なことであり、我々民族派にとって永遠の課題である。戦後アメリカの支配下に於いて十数名の学生によって作られた日本国憲法は、アメリカの軍事的支配を永遠に続けるために作られ、日本が自立した国家になることを阻止するものとして機能した。しかし他力本願の無責任国家は、経済復興至上主義にとりつかれた当時の政治指導者にとって非常に都合の良い体制であり、サンフランシスコ平和条約によって日本の独立が認められた段階に於いて、憲法改正を行わず継続する道を選び、アメリカの軍事的支配を許すこととなった。この体制を吉田ドクトリンと言い日本の保守体制の基本路線となったのである。日本青年社は結成時にこの事実を鋭く見抜き綱領に「ポツダム体制打破」を取り入れたのである。日本の保守主義は重大な欠陥を持って生まれた思想でもあった。日本の歴史と文化に培われた保守主義ではなく、アメリカ的民主主義を接ぎ木した戦後保守主義は日本国憲法を否定することができない、社民思想が色濃く支配する思想にならざるを得なかったのだ。それ故に自民党に代表される保守政権は国民に日本精神に基づく政治を行うことが出来ず、国民にアメを与えて政権を維持し続け、天文学的借金大国を創り上げてしまった。

 安倍政権時に憲法改正、戦後レジームの終結を求めはしたが頓挫してしまった。政権交代した民主党は更なる混迷を深め、進むべき方向さえ見失ってしまっている。このような危機的状況を突破するためには何としても保守民族派の救国思想が流布され、戦線の構築がためされなければならない。


日本青年社の組織と運動を拡大せよ


 保守民族派日本青年社は日本の国体と国益を守る、責任ある団体として、国民大衆と共に歩む決意を固め一歩一歩前進してきた。独りよがりの主張をするのではなく、大衆の理解と共感を求めて、本物の保守民族派として登場したのだ。尖閣諸島の領有活動と灯台の国有化に成功し、昨年は硬直状態に陥っている北方領土奪還のため三十一名の戦士のロシア訪問を成功させ、ロシア政府要人と忌憚なく意見交換をすることが出来た。これらの過程の中で大きな国民の視線の変化が生まれたのである。今まで「都内の政治団体」とか「右翼」としか表現してこなかったマスメディアが「日本青年社」と実名をあげて報道し、歪んだ視線ではなく、事実をありのまま報道するように変化してきたのだ。更に多くの地方議員が議員同志連盟に加盟し当初二人で出発した連盟が二十数名数えるまでに成長した。実に「右翼・民族派改革元年」のスローガンを掲げてから十年の成果である。この成果の下に新たなスタートを切る時が到来したのだ。「右翼日本青年社」が「自らを厳しく戒め」自らの改革を組織の目標として掲げ、勇敢にして礼儀正しく、廉潔にして信義を重んじ、団結と行動力によって正義を実現してゆく。この道程が全社員の努力と忍耐によって明確に示されてきたのが現在の日本青年社の到達点なのである。我々に今求められていることは、保守民族派として登場した日本青年社を全国至る所にまで拡大し、理解と共感を広げてゆく以外にない。日本青年社は運動家の集団である。しかし運動の成果を組織の拡大と充実に結びつけてこそ意味があるのだ。現在我々が利用出来る機関紙、DVD、書物などが広報用に活用出来るものとして充実してきた。これらを最大限に活用し、日本青年社の運動に対し理解の輪を広げてゆくことが全社員の任務なのである。