地球の危機を見据え「自然と共生 環境と調和」の実践を
平成20年6月11日


 日本青年社が地球社会の危機への警鐘として「自然と共生 環境と調和」を打ち出したのは、二十一世紀に日本及び世界が迎える最大の危機は環境問題であり、その変化によってエネルギー、食糧を巡る国家対立が激化していくことを予測したからに他ならない。
 我々のこの予測は不幸にも的中し、日本で久しぶりに開かれる洞爺湖サミットの主要議題も環境問題に集中し、今や環境問題を抜きにして世界の明日を語る事は出来ない状況になっている。日本青年社は昨年環境問題で一番深刻な問題は食糧である事を指摘し、その原因は世界人口の爆発的増加にあるとした。特に日本が飽食社会に突入し、日本人が伝統的に持ち続けた限られた資源を最大限に利用し尽くすという文化を捨て去った事に対し警鐘を鳴らしたのであった。



●日本精神・文化の回復こそ急務

 資源に恵まれない国として存在した日本は、省資源こそ国の基本だとして「無駄なく、全ての生命を大切に」をモットーとして生きてきたので、明治維新により開国するまで永い間の鎖国政策によっても、高い文化と豊かな国民生活を送る事が出来たのだった。

 特に江戸時代は戦争という浪費を行わなかった為、当時の産業革命を経た欧州各国とくらべても、日本は文化水準、経済的豊かさにおいて優っていたのである。日本人の考え方の基本には「有限性」があり、西欧社会の「無限性」と対比をなしていた。それは生活圏が限定された島国によるものであることから、自然に身についたものであろう。それに比べて西欧社会は無限性を前提に成長してきた。食糧、資源が不足すれば植民地を増す事で解決してきた。二十世紀前半には世界中の国々は完全に分割が完了し、南極と北極以外は西欧列強の植民地になってしまった。このように貪欲な西欧列強は資本主義という「成長を前提とした」システムを世界中が採用する事によって、無制限な経済競争に巻き込まれていったのである。現在では植民地支配から脱した、中国、インドなどの大国がこの競争に参加したため、地球という有限な環境が一挙に危機に陥ったのである。

 このような地球社会、全世界の危機に対し有効な対応策は存在するのであろうか。私たちは有限な資源を最大限有効に利用し尽くした日本の文化、知恵の中にこそその道が存在し、浪費社会を世界から放逐する以外に世界を救う事は出来ないと明らかにしなければならない。日本も又戦後民主主義によって解体させられた日本精神の回復と日本文化の復興を成し遂げなければならない。つまり日本が日本らしさを取り戻し、世界に対し本来の日本のあり方を発信する事によってしか世界、地球は救えないのである。


●食糧危機こそ最大の問題

 環境問題が人類に与える影響の中で、最も深刻な問題は食糧である。現在でも世界で九億人の人々が飢餓に苦しんでいると言われているが、今後確実にその規模は拡大していくであろう。昨年「青年戦士」四月号で、環境問題の元凶は爆発的人口増であり、食糧、農業問題に必ず危機が訪れ、近い将来トウモロコシ、小麦などの絶対的不足と価格の高騰が始まるだろうと予測したが、一年もしないうちにそれは現実となってしまった。食糧問題は国の安全保障の問題であることを国民も政治家も認識しなくてはならない。食糧の自給率が四十%という現実に、どれだけの国民が危機感をもっているだろうか、日本青年社の教育顧問である小池松次先生の調査によれば、日本の自給率は数%に過ぎないと警鐘を鳴らしている。その根拠は、日本の農業や漁業の大部分は輸入資源である石油によって支えられている。それ故、自給率は大幅に低下するというのである。たとえば米作を考えてみると、、日本が自給できるのは耕作地である田んぼと水くらいで、耕作する耕運機や田植機、刈り取り機、運送手段全てが石油に頼って米が生産されているので、自給率一〇〇%などと考えるのはとんでもない話だというのだ。先生の主張は、今まで誰も言及されなかった非常に鋭い指摘であり、食糧問題を考える上で重要なことであろう。

 人間の絶対的生存条件は食糧であり、食糧の確保は国家の最大の使命である。今、環境問題が地球温暖化の問題として捉えられている。地球の平均温度が 二〜三度上がる問題として捉えるのでなく、私たちはもっと深刻な生き残りをかけた食糧確保競争、争奪戦、輸出制限、戦争への道程となる、最大の安全保障の問題であるという認識が必要ではないだろうか。戦後の日本人の意識の中に領土問題に対する危機感が失われている事は、我々日本青年社は尖閣問題に取り組んでいたので痛いほどわかるが、北方領土、竹島、尖閣諸島は地下資源の問題と豊かな漁場の帰属の問題でもある。食糧確保の観点から領土問題の重要性を再認識しなければならない。漁業問題で日本が直面している二つの問題、一つはここ数年世界中で魚の需要が急激に高まってきた事だ。冷凍技術の進化により、ヨーロッパ、中国で鮮魚が大量消費され、日本への輸出制限が開始された事である。もう一つは捕鯨活動に対するグリーンピースなどの妨害活動の激化とオーストラリアなどの対応である。今や地球最大の動物である鯨は世界中の小魚を食べ尽くし、人間が捕獲する魚の量と同量の魚を食べているという鯨をこれ以上増やす事は許される事ではない?これらの問題を日本は国際社会に対し正しく主張しなければならない。これは政治の問題である。日本は限りある資源を有効に無駄なく使ってきた。動植物に対して、その生命を尊重し、食という他者の生命を奪う行為に対し、感謝の念を抱いて、自らの生存を確保してきた。日本の宗教、文化はそれらの土壌の上に成立してきた。この宗教、文化がたった一度の大東亜戦争の敗戦によって破壊され、自然の破壊者に生まれ変わってしまったのだ。早急な戦後社会の改革と日本精神の復活を実現しなければならない。


●京都議定書のトリック

 地球温暖化を阻止する目的で締結された京都議定書のまやかしが、次々と明らかにされている。最大のCO2排出国、米国、中国が参加していないという致命的欠陥を持ったものであり、その効果は無いに等しいものであることは言うまでもない。更にこの議定書は、一九九〇年を基準としているところに最大のトリックがある。日本は一九八〇年にすでに省エネを国の方針として各企業にその実施を迫り実現してきた。約十年かけてエネルギーの削減を図り、一九九〇年はほぼ目的が達成された年だったのだ。一九八〇年からの十年の日本経済はバブル期の頂点を迎え、絶好調の時でもあった。環境対策の為、少々の出費を渋る企業は多くはなかった。にもかかわらず、欧米よりもはるかに厳しい足枷をはめられ、「排出権取引」という高額なペナルティーを強制させられ、日本だけがいじめ抜かれるシステムになっていたのである。「温暖化防止」という誰も反対出来ない目標の為に日本だけが高額な支払いを続けてゆく構図こそ「京都議定書」の本質であり、典型的な不平等条約なのである。


日本が行うべき対策は何か

 温暖化防止の最大の対策は爆発的人口増加を防ぐ事にある事は前にも述べた。日本は人口減に悩んでるくらいなので、この対策は特に必要ない。問題なのは西欧から持ち込まれた浪費生活に対し、いかにして終止符を打つか、食糧自給率をいかにして上げてゆくかに尽きると考えられる。外圧に弱い戦後の日本人の気質を利用して、理不尽な「京都議定書」を守らせるのも一方法かもしれない。農業問題では全耕作地の十%もあると言われる耕作放棄地の再耕作を直ちに始める必要がある。森林も林業の活性化を図り利用し尽くすシステムを構築しなければならない。これらの事は戦前はごく普通に行われてきた事なので、政治の力で回復する事が出来ない訳がない。今まで採算面で放置されていた問題が「価格の高騰」によって解決してゆく可能性もある。日本は本来が省エネ国家であるという利点を活かし、伝統文化を大切にし、豊かさの頂点に「自然と共生 環境と調和」を持つ日本として誇りを持って生き抜かなくてはならない。