祝祭日には国旗を掲げましょう

平成18年 4月22日 教導委員会


  誤れる戦後史観に汚染された祖国の現状と日本人の意識に鑑みた時、欧米的権利主義が「個性」と「自由」という文言に形を変え、『個』を優先するあまり『公』の視野に欠け、国家意識を喪失した結果、義務を怠り権利という名の自由を振りかざし個性とわがままの分別もつかない浅はかな民族へと成り下がっている。

 しかるに国旗や国歌が国を示すシンボルである事さえも忘れ、その在り方が即、賛否の議論にすり替えられ、肯定的立場はイコール偏ったナショナリズムであるかの評価が下される現実がそこにある。その姿は常識という基準が『在るべき姿』から大きく掛け離れている事を示しており、同時に国家の退廃の姿が等しく教育の退廃に起因している事も示している。

 日常的な経験が学問的知識に裏打ちされる事により叡智として民族の誇りと尊厳となり社会的普遍的となった時、国の栄が闡明されるにも関わらず、今日の我が国は経験の機会は損なわれ、教育に公の教えや道徳教育、いわゆる国家意識や規範意識を教えようとすれば『国家主義』『軍国主義』の再来と非難される始末である。

 本年は冬季オリンピックが開催され唯一のメダリストとなった荒川静香選手は表彰台で優勝位置に掲げられた国旗に正体し、国家を斉唱しておりましたが、これを偏ったナショナリズムと評する日本人がいたでありましょうか。教育云々の手前に常識の姿がそこにあり、その在り方に日本人であれば等しく感動したはずである。

 つまり現下の日本は、まず『常識』という教えから始めなければならない、いびつな国に成り下がっており、非常識のまま国際社会に船出するが故に土下座外交を強いられているといえる。

 ある調査結果によれば自国の国旗・国歌に対して起立する学生の割合が日米の対比として示され日本は25%、米国は97%となり、外国の国旗・国歌に対して起立するものは日本17%、米国93%と大きな開きがある事がわかる。

 自国に尊厳を軽視するものが同時に他国に敬意を払えない事の証であり、この在り方では国際化社会を口にする事さえおこがましい事実がそこにある。

 衛星利用やインターネットの普及により世界が、より近くなり各国の情報がリアリタイムで視聴出来る昨今、同時に尊重されるべき互いの民族の忖度が軽視され、生活習慣を欧米化していく事が、あたかも先進国であるかのような錯覚から目覚めなければならず国際化が進む社会であるからこそ民族の意識を向上し、主体性を育成しなければならないはずである。

 日本及び日本人の『常識』を取り戻すべく国旗・国歌の意識を再認識し、誇り高き日本民族の元来の姿を再生しなければならないと考える。