平成14年10月27日

 十月二十一日までに竹中金融相は、不良債権処理の骨格をまとめた。これまでの「構造改革」と比較すればより具体的であると理解はできる。

 だが、果たして政府・与党・野党の賛成を得られるのか大いに心配だ。すでに自民党の反発で公表先送りとなってしまった。橋本派など非協力を宣言している議員がいる始末だ。

 本来「不良債権」とは、資本主義の原理である市場化、競争に敗北したことを意味する。

 非公表の案でいえば公的資金を視野に入れるといっているが、競争に敗北し、倒産寸前の産業に公的資金を導入すれば、一時的にはその産業の株、銀行株もあがり、成果を挙げたと仮象的に映るだろうが、それはあくまで一時的で、現在に戻ることは必至である。

 大胆にいえば、現在は高度情報化社会・消費社会である。こうした産業を育成することなしに、経済の成長はない。
 ダメな産業に公的資金を導入しても不良債権処理にはならない。ただ短期間延命するだけだ。

 不良債権を処理できない産業にはこの社会から消えてもらわなければならない。いかに政治家と密接な関係があっても資本主義とはそういうものである。

 

超インフレの懸念も

 こんなことを繰り返していては、日本は「土地資本主義」といわれ、国は超赤字、現在はなだらかな「デフレ」だが、一転して超インフレが到来する可能性を否定できない。チャップリンのモダンタイムスではないが、財務省印刷局は「金」をつくるために輪転機をフル活動すれば、加えて日銀が「銀行券」を回収しなければ、一気に日本社会はインフレに転嫁する。一見、これはマンガチックに見えるが、日本の政治・経済はそこまで追い込まれている。にも拘わらず「鈴木宗男」に似たもので構成されている現在の国会で、これを否定する材料はない。その具体的表現が自民党を主体とした与野党国会議員の「不良債権処理計画未達成は国有化」するという案である。

 日本の銀行、不良債権で公的資金を受ける者が、この公的資金を私的資金に使い、更に不良債権を生み出してきたからに他ならない。想起すれば国鉄の「分別・民営化」の時、二十七兆円ほどの赤字は国民にとって巨大な額であり、改革しなければと国に同調した。今、二十七兆円は権力者を含め、国民もさほど驚かない時代になっている。

 言い換えれば、「赤字」を解消するには禁じ手であるが、「超インフレ」が日本資本主義が大混乱の中解決の道としてあるのだ。

日本民族として世界に誇れる国づくりを!

 このような事態は何としても阻止しなければならない。こうした事態はアジア経済を直撃し、世界に波及し、「世界恐慌」を現実のものとするからだ。

 あえていえば、日本は総国民、この国は「社会主義」だと勘違いしているのではないか。資本主義とは厳しい競争原理の下に成立しているのであり、こうしたことを忘却した人間は、実は真の「社会主義」は厳しいのだから、マルクスのように猛勉強すれば資本主義もよくわかるわけだから、その道を選択することを勧める。

 二十一世紀初頭、日本国民は世界から剣を突きつけられていることを知るべきだ。

 日本資本主義の危機に私利私欲は禁物だ!不良債権の処理から競争原理の資本主義の原点に戻り、世界各国が揶揄されない、日本民族が世界に誇れる国に改革すべきなのだ。