中川愚山先生講演 

「本日は、四十代以下の方、持に二十代三十代のこれからの日本を背負って立つ若い皆様にはぜひ耳を傾けて頂き、そんな話は知っているとおっしゃる方も
再確認をして頂くというような時間になればいいと思います。
 三点についてお話させていただきます。第一点ですが、皆様グァムとお聞きになりますとリゾート地とか避暑地というように常夏であったりさわやかなイメ
ージがありますが、大東亜戦争では激戦地でありました。ガナルカナル、トラック諸島、レイテ、グァム、サイパン等は大変な激戦で陥落をしたところでござ
います。未だに我々の祖であり先覚烈士であります日本兵士のご遺骨が沢山眠っておられる地でもございます。そのグァムにグァム神社というものが建立され
ております。
 このグァム神社では毎年慰霊祭が斎行されます。このグァム慰霊祭は、毎年七月二十八日に日本からは国会議員団であったり、靖国神社の神官も何人かが行
かれて神楽奉納もされます。あと陸・海・空の自衛隊の方々、昨年は三十名近くが参加されました。後は現地の遺族の方であったり日本からの遺族団であった
り、そしてグァム州政府です。この慰霊祭はグァム州政府も公認しておりますので、アメリカの関係各位も参加されます。
 日本は古来より「水に流す」ということで神様になったら敵も味方もないんだという弥栄の国ですので、敵兵であってもお亡くなりになったら神様と言うこ
とで一緒にお祭をするということで慰霊祭を行います。そして私はご縁がありまして、神縁ですね、神縁を頂きましてグァム神社の慰霊祭で奉納演舞、私は空
手道やってるもんですから、日本代表として奉納演舞をさせて頂くことになりました。大変意義深く有難くただただ感謝の誠を捧げてまいります。そして、こ
のお話しを頂いた時、真っ先に松尾会長のことが頭に浮かびました。松尾会長が二十四年前にタイのカンチャナブリ県に平和祈念公園と桑井川神社を建立され
まして、英霊の御霊を鎮めるとともに感謝の誠を捧げるということを二十四年の長きに渡って例大祭を斎行されており、私もお誘いを受けているんですが機会
がなくて中々行けない状態が続いておることが心苦しかったんですけど、今回、タイとグァムとは場所は違いますが、同じ英霊の御霊をお祭する、感謝の誠を
捧げるということでご空手道を奉納してまいります。そして八月の社友総会等々で、ご報告申し上げる機会がございましたら皆様にお伝えできればなと思って
おります。
 それでは、二点目に入ります。先ほど会議が始まる前に、会長との話の中で言葉が乱れている、持に畏れ多くも皇室に関わる言葉が乱れているという言葉が
ありましたので、昨年七月の話と重複しますが、昨年参加されない若い方々もおられると思いますので再確認の意味でお話しをさせて頂きます。
 まず真っ先に申し上げなくてはならないのは、来年四月三十日で今上陛下が退位されるというように報道機関が無礼極まりないことを申しておりますが、
我々下々民草が、退けと、位を退けというのはとんでもないことでございます。
 退位と言う言葉は存在しません。造語です。明らかに反日左翼に作られた言葉でございます。古来日本には「譲位」、陛下御自らがご自身のご意思で位をお
譲りあそばされるとで「譲位」という言葉しかございませんでした。ぜひその辺をもう一度、若い方々は再認識していただいて、報道機関が退位、退位と言っ
ても若い方々はぜひご近所や仲間とお話しするときには、譲位と言う言葉に訂正してお話しをして頂きたいと思います。
 あとですね、こちらも去年いいましたが、天皇家ですね。これも良く言いますが天皇家と言う言葉は存在しません。松尾家、中川家、松尾、中川は苗字でご
ざいます。天皇は苗字でございません。天皇というのは御位に対する称号でございまして決して苗字ではございませんので、苗字に家がついて何々家というよ
うな言葉は存在いたしません。これも明らかに反日左翼が天皇と言う御位を貶めて民間に位をさげるために意図的に作った造語、天皇家ということで、これは
流布されて今は広がっております。本来は皇室、スメラムロといいますが、皇室という言葉しか存在しませんでしたが今は当たり前のように保守の方もおりま
すので、ぜひ若い方々は皇室と言い直して御をつけて御皇室という方もおられますが、本来はこれも言ってはいけません。皇室の皇は天皇の皇です。スメラと
いう言葉です、これも頭にも何もつけてはいけないんです。ですからこれは明治以前の日本人は文書を縦書きで書いていて、天皇陛下であったり陛下であった
り、皇と言う言葉が関わる文字が入った時には、そこを改行して頭に持ってきて皇室って書いたそうでございます。今そう言った文書は殆ど見なくなりました
が、ですから今の論理で申しますと、皇室に御をつけて一瞬丁寧に言っているように思いますが、こういう言葉が実は不遜になるのですね。皇室の皇は実は一
番上にこなくてはいけないわけですから、その上に御をつけることは不遜になる訳でございます。そういった意味で御皇室とは言うべきでございません。皇室
と言う言葉自体が尊崇の念を言葉でございますので、ただただ皇室と言うふうに我々下々民草は言えばいいということでございます。
 また陛下、殿下のことも昨年申しましたが、殿下と言うのは御殿の下と書きます。宮殿のことを御殿と書きますね、尊い方がお住まいになられる家のことを
御殿といいます。その御殿の中に入って、直接尊いお方のお顔を拝するのはとても無礼である。ということで我々下々は御殿の下から覗く位で十分でございま
すということで殿下と言う言葉が生まれました。そこに出雲大社のように、そこから階段が天空に向ってありまして、その階段の下からようやく眺めるぐらい
でお顔を拝するかどうか分からないけれどもという程度ぐらいが陛下と言う言葉です。陛下の陛の陛は木辺の階ではありません。陛の陛は御殿、宮殿に繋がる
階段のことを陛というふうに申します。一文字で陛と申します。それの下ということで階段の下、陛下と言う言葉が生れました。ですから私はいつもいやな気
持ちになるんですが、テレビで皇后美智子様とか言いますが皇后陛下でしかありません。わざわざ名前を呼ぶこともありませんし、ただただ皇后陛下と言うこ
とで、陛下と我々は言うべきだと思っております。まだまだ皇室に関わる言葉がありますが、それは次ぎにお話しすることとして、三番目になりますが、先ほ
ども国民儀礼で日の丸を尊して君が代を歌いましたけれど、日の丸も、今若い方は教わっていないと思いますのでざっくりいいます。明治欽定憲法ですね。明
治御維新がなされて欽定憲法が制定された時の日の丸の規定はですね、横の長さが十に対して縦の長さが七です。十対七です。日の丸の直系は縦も七に対する
長さも五分の三でございます。五分の三が直系と規定が決まっております。そして、その芯ですね、円心は百分の一、棹側に中心が傾くこれが明治欽定憲法で
決められた日の丸の定義でございます。先ずいま学校でいうことがないと思いますのでお伝え致します。それで国旗国家法が制定されまして、少し簡略化され
ましたが、今は横が三に対しまして縦が二でございます。
 若い方には、ぜひ再確認して頂いて明日からしっかりと日本青年社を胸に、祖国日本を背負って立つのだという、思いを持ってともに歩いてまいりましょう。