青年戦士紹介

日本青年社 副会長 澤 井 和 美

私は子どものころ、東京渋谷区の代々木に住んでいました。代々木は日本共産党本部があるところです。
そこでは毎日のように学生らしき人たちのデモ行進を見ていました。
しかし子どものころですから、それが左翼運動とは知りませんでしたが、警視庁関係の仕事をしていた祖父と父から「左翼だけにはなるな」とよく言われていました。

 また、社会人になってからも、そのような親の言葉が私の心の中にあったのか、右翼に強い関心をもっていたように思います。

そのような折、日本青年社の人と知り合ったことが切っ掛けとなって、新橋駅SL広場で日本青年社が毎日のようにやっていた街頭演説を聞きにいっているうちに、私も日本青年社に入りたいと、考えるようになりました。それは会社務めをしておりましたが、若さゆえに、少しやんちゃなところがあったので街頭演説をしている日本青年社の人たちの姿と礼儀正しさにあこがれたからでした。

そして松尾会長との出会いがあったからです。日本青年社に入ってからしばらくして城西支部支部長を拝命し、現在は副会長の重責を担う立場にありますが、この間に取組んだ活動は、北方領土返還を訴える北海道キャラバン隊への参加、東京裁判再審請求署名活動、北朝鮮の拉致された日本人救署名活動、我が国が戦後五十年を迎えた平成七年にタイのカンチャナブリ県に建立した「平和祈念公園」奉賛活動、日本とロシアの間で膠着状態に陥っていた北方領土返還交渉を進めることを目的としたモスクワ訪問など多岐にわたる活動がありました。
もっとも印象に残っているのは、平成十八に尖閣諸島魚釣島の灯台を、政府の申し出を受けて国家に無償移譲したこと、また変わり行く社会環境を見極めながら、新しい民族運動の目指す日本青年社が、平成十四年に街宣車引退の花道と称して、都心で最後の車輌街宣を実施したことです。
今振り返ると私は色々な活動に参加する中で少し成長したのではないのかと思っています。

しかしまだまだいたらないところも多々あります。日本青年社で学んだ、自己を犠牲にしても正義を貫くという確たる信念をもって、松尾会長の指導の下に努力邁進する所存ですので、今後ともご指導のほど宜しくお願い申し上げまして自己紹介とさせていただきます。