平成二十八年秋季
『全国代表者・役員会議』開催

平成二十八年十月二十三日(日)靖国会館(東京九段)において「秋季 全国代表者・役員会議」を開催した。
会議は平成二十八年最後ということで全国から多くの役員が出席した意義深い会議となった。

 午後一時三十分、石塚友巳行動隊長による国民儀礼に続く、小林明全国社友会会長の挨拶で開会した。
 続く大久保叡統括長は機関紙「青年戦士」(四四一号)の記事を引用して、八月七日の社友総会で日本航空学園の梅沢先生の話の中にあった

坪内文学博士の 「大とは形の大小のみを言うにあらず、質の立派なる事を大と言うべかり」は正に日本青年社に当てはまると思います。(中略)
松村先生が話された「いまこ こに全力だ、遠くでも過去でも未来でもない、今ここが大切だ」これも日本青年社の活動と同じです。

 また山本正實理事長の「自己の利益のみを最優先する考えや発想をするのではなく国益にかなう運動、地域住民の方々の利益を考え、自分の
利益を捨てても その運動を行っていく」もそうでしょう。富施会長補佐の「尖閣諸島灯台建設と実効支配活動は全社員の血と汗の結晶だ」というの
もそうです。

私も北海道 キャラバン活動、尖閣諸島の灯台保守活動、カンチャナブリの「平和祈念公園」の行事、三ヶ根山の殉国七士墓前祭に参加しています
が、これらの運動に参加 するときは私は行けない人の代表であると考えています。国益にかなう運動に向けて自己を捨て多くの人の意見を聞く、
また主張は主張しながら意思の疎通を 図ることで日本青年社は更に磐石な団体になって欲しいと思っています。と述べて第一部は休憩となった


 休憩を挟んだ第二部では岡本芳巳顧問が「本日は自衛隊朝霞駐屯地で観閲式に出席する予定でしたが、急遽変更して先々週の総合予行演習
を見学に行きまし た。最初の観閲官の森山陸将が訓示の中に「我々自衛官は日本国の領土と国民の生命を護るために日々心身を鍛えております
。そんな中、災害地であれ、紛争 地であれ、政府からの命令があれば赴き、任務を遂行します。最も過酷なのは自分の命を他の隊員に預け、また
他の隊員の命を預かるということです。これは 絶対なる信頼の上に成り立っている訳です』という言葉がありましたが私には凄く重く感じました。そ
れから後は、防衛大学と高等工科学校の学生の行進など でしたが、何故か昭和十八年十月の学徒出陣の光景とダブってホロリとしてしまいました。

 さて、私達の団体は世間でいうところの民族派団体です。俗にいうところの右翼です。右翼の語源はご承知の通りフランスの議会の議席の右側が
保守系で左 側が革新系の席だったと記憶しています。
 しかし、その数は年々減少しており過去のデータを見ると、昭和四十五年から五十五年がピークで全国で二五〇〇団体、五万人といわれていまし
たが、最近 では平成二十三年で一五〇〇団体一万八千人まで減少し、本年に至っては約九〇〇団体一万人といわれるデータが出ています。そん
な中で日本青年社は各県の 組織率も人数も単一団体としてはトップであることは言うまでもなく行動右翼の最前線で戦って成果を挙げてきた団体
です。
 先ずは尖閣問題です。昭和五十年前後には幾つかの団体が上陸して日の丸を上げて帰ってきましたが、日本青年社は灯台を建設し長期にわた
り維持管理を続 けてました。

 また、北方領土については未だにロシアに対して全千島南樺太の返還を求め運動をしている右翼もおりますが、サンフランシスコ講和条約上、世
界的には一 応北方領土は四島と定めており、ロシアは先の大戦の結果として四島を占領しているといっておりますが、大部分の民族派は、わが国
固有の領土は北方四島と 認識して返還運動を展開しております。

 また本年十二月にはロシアのプーチン大統領が来日するので領土問題もテーマに上がると思いますが、今は民族派も島は一島でも二島でも先
行返還して貰え るような運動を展開しようという動きも出ているばかりでなく、今回のプーチン来日はウェルカムという団体まで出てきています。当
然ながらこの動きを誘導 したのは日本青年社であります。これは十年前には誰も考えつかなかったことですが今では常識のように聞こえます。
 またタイにおける平和祈念公園の奉賛活動の一大事業です。本来であれば国が行うべき問題を一民族派団体とそれを応援する個人が集まり行
っております。
それは私もグァム、サイパン、パラオ諸島等の慰霊碑慰霊塔を見て回りましたがそれは酷いものでした。一例を挙げますと落書き、煙草、ガム等で
汚されてい ました。世界一親日と言われるパラオでも決して例外ではありませんでした。絶対に平和祈念公園をそんなことにしてはなりません。こ
れからも沢山の困難に 遭遇すると思いますが、社員の皆様方の力と知恵で乗り越えて貰い、カンチャナブリから世界平和を訴えて貰いたいと思い
ますと述べた。

最後に、富山県の中川愚山先生が
 昨日、野村秋介先生の追悼墓前祭が奈川県伊勢原市にある野村家の菩提寺の浄発願寺で行なわれました。早いもので平成五年に朝日新聞社
の社長室で自戒さ れてから二十三年が経ちました。(中略)野村秋介のみことは平成五年十月二十日、朝日新聞社の社長室で二丁拳銃を持って
腹に同時に二発撃たれました。最後は介錯を行わずこめかみに当て三発目の銃弾で壮絶な自決を遂げられました。
 自ら死を選ぶ方法は二種類あります。自殺と自決です。また自決のことを自裁ともいいます。自ら裁断する、決済するということで自決、自裁と申し
ます。
自殺と言うのは絶望。自決というのは後に続くことを信じて希望をもって死ぬ。これを自決と言うのではないかと思います。(中略)昨日は、この群慰
霊祭を 無事終え、今朝は朝霞駐屯地で行われた自衛隊観閲式を観閲してまいりました。安倍総理の「力強い自衛隊日本国軍がおれば、隊員の皆
さん一人ひとりがおれ ばこそ、この祖国日本は保たれております」と自衛隊員を鼓舞するような強いお言葉で挨拶を述べられました。その後、陸・海
・空の自衛隊による飛行機の技 であったり、軍隊行進などが披露されましたが、正に統率のとれた世界に冠たる日本軍(自衛隊)の素晴らしい勇姿
を拝謁させて頂きました。(中略)
 日本青年社は一日も早く祖国日本は本来の日本に戻るべく熱い思いをもって松尾会長と中心に一丸となって日本が日本たりえる本来の国に取り
戻して頂き、 靖国神社に眠る二四六余万の英霊の御霊に最敬礼しご安心してやすらかにお眠りくださいというということがきるようにして頂きたいと
思います。
と述べられ た。
石塚友巳行動隊長 大久保叡統括長 岡本芳巳顧問 中川愚山先生