サルキソフ・コンスタンチン博士の講演要旨
“北方領土問題”「日本青年社とロシアの関わり」


 サルキソフ・コンスタンチン博士


 私が前進的な北方領土問題の解決に取り組む日本青年社の皆さんの会議でお話できることは、非常に貴重なことです。喫緊の日ロ関係は、11月2日ロシアの国防大臣、外務大臣二人が日本に来ます。日本の外務大臣と防衛大臣と2+2という方式で会談することは、日ロ関係史上初めての出来事であり画期的なことです。私も非常に大きな期待を掛けています。

 来年プーチン大統領の来日が一番大事な出来事になりますが、プーチンの来日前に色々な地ならしの仕事が沢山残っていますし、出発点は北方領土問題になると思います。これに関してはまだ距離があります。その距離を縮めるために色々な道筋をたどっているところです。それは両国民が、お互いに受け入れ可能な方式を見出して、問題を解決した上で平和条約を締結し、新しい日ロ関係の時代を開くということ。私は今の時点が、絶好のチャンスであると考えています。初めてそのタイミングが来ているということです。

 日本もロシアも、いま重要な点についてどうすればいいのか、かなり厳しい選択に迫られています。ただ領土問題を解決するためには国内的な情勢だけでなく、国際的な環境も整えなければなりません。ロシアも日本も大国でありますし、ロシアは全世界の中でいちばん親日的な国です。しかし日ロの間には政治的な問題として領土問題が残っています。この領土問題が解決できれば、日本とロシアの間には何の障害もありません。ロシアの一般国民は本当に日本にあこがれています。東アジアでは中国の台頭もあり韓国も素晴らしい物を作っていますが、やはりメイドインジャパンというのがロシアで最高の評価であります。

 また食文化ですが、和食の店がロシア全国には5000件あります。モスクワだけで寿司バーが1000件もあります。私は今日みなさんに話しをすることを、昨日準備していました。一つは話をする前に自分の伝統、また日本の伝統もですが、その話をしなければなりません。

 まず昨日までは台風が来て天候がひどかったのですが、今日は凄く良い天気です。今日は素晴らしい秋晴れです。もう一つの表現で言うと日本晴れです。それについて日本とロシアの関係はいつ晴れるのだろうということですが、日本とロシアの間にかかる一つの雲は領土問題として残っていますし、その雲を取り除くためにどうすればいいかということです。

 私の若い頃は、日ロの間に領土問題は存在しないと教育されましたが、やはりあるのです。それで30年間にわたって領土問題解決に取り組んでいます。当時はソ連でしたが、領土問題を解決して日本とロシアの真の友好を構築するのが重大な課題であると考えていました。ですから今日はざっくばらんに正直な話をします。

 今の時点の第一のポイントは、今回はロシアのプーチン大統領が本格的に領土問題を解決しようとしています。領土問題を解決したいというのが、彼の本意であります。ただ以前と違っていくつかの点があります。

 まず一つは、10年前のプーチンと現在のプーチンとは違います。彼の政治的立場が高くない。彼の人気はかなり落ちています。このあいだの大統領選挙では、モスクワとかサンクトぺテルブルグのような大都会で彼の得票率は半分以下でした。半分以上になったのは地方です。また地方が票を入れた理由は、代わりの人がいないから、そういう意味で彼が大統領になりました。彼は政治家として凄く優秀であるといっても過言ではありません。

 プーチン大統領が12年前に初来日した時、森総理に二島返還はできると言ってたのですが、二島返還だけでは解決できないことは明らかです。それでは日本が納得しない。だから2+2αといってますが、後の二島をどうすればいいのかということです。学者として私が領土問題を考えれば、この問題を一括に検討するのはなかなか難しい。例えば、この問題は60年間続いているのでそう簡単に解決できるはずがないと思っています。このような問題はいくつかの側面があります。その一つは歴史です。歴史的には、全島が日本の領土なんです。それはサハリン島との交換条約でありました。

 他の歴史もあります。日露戦争で新しい条約ができました。その条約で南サハリンは日本の領土になってしまう。次の戦争になると千島列島全部ソ連の領土になっていました。それはスターリンとルーズベルトの密約です。そういう歴史を日本国民にもロシア国民にも話をして正しい歴史観を持たせることですが、歴史は問題解決の鍵ではない。次の側面は一番大事なのです。それは政治です。なぜかというと政治的な意思が必要です。

 政治の側面としては国際法なのですが、日本にとってもロシアにとっても一番大事なのが最後の条約です。1956年の共同宣言というのは批准されたもので条約みたいなものですからロシアは条約にこたえる義務がありますが、日本とロシアの両国にはそれなりの弱みがあります。その弱みの源泉がサンフランシスコ条約です。日本は署名したから千島列島を放棄しなければならない。千島の範囲はどの程度であるかは別の話しですが、ロシアは逆なんです。署名しなかったから平和条約を結ぶことができていない。

 法律を作り出すのは政治家です。政治家の意思で新しい法律を作る。その法律の目的は、もちろん日ロ平和条約です。その平和条約の中身は殆ど全部できています。日本とロシアの間で残っている部分は国境だけです。その領土問題がもし最終的に解決できなければ、今の日本と中国の関係を見るように対立の種になってしまいます。それはできるだけ避けなければならない。お互い受け入れ可能な方式を見出すために頑張らなければならない。ただ政治家が平和条約のための新しい法律を作るためには、領土問題解決の動機が必要なんです。その動機はどこにあるか考えなければなりません。そのための今は2+2でしょう。これは、二日間行われますが、私は2+2というのは少し足りない感じがします。もちろん外務大臣と国防大臣も大事ですが、経済担当の大臣の対話が必要で、これは経済問題です。なぜか、日中経済のボリュームが凄いからです。にもかかわらず政治的関係がうまくいかない。しかし日本とロシアの場合は経済に大きな期待をかけることができるのです。それは日本にないものはロシアにある。ロシアにないものは日本にある。その補完性が凄いんです。抜群であります。

 私は日本の経済を悲観的には見ていませんが、経済の長期的な予測を見ると、いま日本のGDPは世界の7%か8%ですが、2030年に1.9%になってしまう。ロシアはもっと微々たるものです。ロシアは2兆ドルぐらいのGDPですが、日本は6兆ドル、中国は第一位になるかも知れないが、それまでにはかなり多様化して新興国が台頭するはずですからあまり数字を気にする必要はありませんが、経済を維持するために日本とロシアのポテンシャル、その能力をプラスすればという大きな期待がある。それはなぜか、日本とロシアは領土問題を除けば他の対立の種がないのです。さっきも言ったようにロシア国民は一番親日的であります。経済も文化も色々な意味で日本のことをかなり評価しています。

 私は四年前に日本青年社の代表団とロシアに行きましたが、他にある国の代表団をモスクワに連れて行ったときにクレムリンの博物館に入るとき厳重なチェックを受けました。ロシアには厳重なチェックをする警察があるのです。日本青年社の代表団が行ったときも長い行列があり一時間ぐらい待たなければならなかったのですが、別の入口の警察に言って「私が連れてきた代表団は日本人だ」と話すと「そうですか」といってすぐドアを開けてくれました。ロシア人にとって日本人は怪しい民族でなく点検しなくていいとして全員を入れてくれました。一般国民も日本人は信頼でき、仲良くすればロシア人も得をするというイメージがかなり強いんです。

 またそこで領土問題ですが、日本人の皆さんのお話しを聞くと返還と言うことになってしまうのですが、ロシア人から見るとそれは引き渡すということになり、心理的な違いが強いです。その心理的なギャップも一つの側面であり、その心理的な側面を両国民が満足できるような解決が急務ですからこれも考えなければならないことです。そうすると全部の側面はさっき言いましたように歴史・政治・国際法、もう一つは防衛、国の安全です。凄く大事です。つまりロシアには、その島を紳士的に引き渡すことによって自分の国の安全が損なわれないかとの感情があります。その意味ではお互いの信頼関係が必要なんですが、まだ充分ではない。

 まず政治家の関係に非常に大事なのが信頼関係です。それはなぜかと言うとプーチンが政権についてからもう12年目なんですが、領土問題を解決するために彼はかなり頑張っていました。彼は2005年に二島返還と言うことを認めますが、彼と一緒に領土返還交渉を進めていた日本の政治家はみなやられてしまった。それで自分がやろうという姿勢を示すと、また同じ結果になってしまい全然駄目なんです。そうすると彼もかなり慎重になってしまう。だから一番大事な問題はやっぱり信頼関係です。彼と安倍さんの関係ですが、信頼関係は凄くいい、肌が合ってるんです。かなり相性がいいと感じています。だから安倍さんの4月のモスクワの訪問はかなり成功であった。特に彼の一つの証言は、さすがとロシア人は思ってたしプーチンもそう思ったんです。それは領土問題解決のための魔法の杖はない。魔法の杖がないからアイデアが出て、徐々に着実に結果を積み重ねて、信頼関係を充実させながら一つのプロセスを作り上げる。ということ、それは長くかからないと思います。長くなってはいけない。今年か来年のうちに突破口を見出す必要があると思います。ただやり方を慎重にやらなければならない。

 それはお互いの関心と理解です。つまり今の世界の中で日本とロシアが仲良くすればするほど両国民も得をするのだという自信が欲しいのです。もちろん中国の強大化と言うこともありますが、ただロシアの中国に対する感情は複雑で、基本的に国民がかなり恐れているんです。隣の国はロシアの4倍ぐらいの力もあるし人口も10倍ぐらいあるので、隣どおしで対等な関係が出来るはずはないと。なぜかと言うと凄く強い弱いという関係では対話の関係が出来ないということです。

 また歴史的な側面もあります。ロ中関係ですが、日本の場合は四島だけですが、歴史的には中国は沿海州全部です。昔のことで、いわゆる清朝ですが、それは満州なんです。あの地名は全部満州の言葉です。サハリンもアムール川もそうです。スンダリーもそうです。それは全部満州族の言葉です。ただ満州というのは中国の一部であるという意味でかなり複雑な歴史もあります。直接影響する中国のファクターもあります。特に政治や外交官がそうじゃないですか。私は何回も外交官のチャイナスクールの方と話をしましたが、「いや中国はそんなに脅威ではない」と楽観的に見ています。ところが、10年前には中国人が大量にロシアに入ってきて「100万人の中国人が定住してるじゃないか」というと「いやそういうことにはなってない中国との国境はキチンとチェックしてる」と言ってますが、私は納得しない。それはなぜかと言うと時間がたてば中国は凄い、今年も成長は7.7%でしょう、このまま続くわけではないですが、実際にその国に行くと国民のエネルギーを肌で感じるんです。以前に旅順からハルピンまで行って肌で感じた。大変なエネルギーなんです。私もそれを比較できた。

 あそこには1億人の中国人がいるのです。ここをロシアではバイカル湖以東といいますが、東にいくとロシア人が600万人しかいないのです。1億と600万、その差なんです。それは中国人が武器を持ってくるという意味ではなく必ず国境を無視してここに入ってくるという不安がある。これは中国を敵視する意味ではないのです。ここで言いたいのは外交で、その一番大事な外交と言うのはバランスの外交です。抜本的な状態、抜本的な発展とはバランスのことなんです。そのバランスを見出すために一番急務となっているのは日本との関係です。日本のエネルギーは非常に建設的ですから、共に頑張ってシベリア地方を開発すると、そういう意味で日ロ関係では今一番画期的で重要な瞬間です。そこで一つの夢を、夢は空想と言う意味ではなくて実現しなければならないという概念です。その夢というのはいくつかあると思います。

 私は以前、松尾会長に話をしたのですが、日ロの夢の回路を作りましょうと。その夢の一つは私も参加していた北海道大学のある研究のプロジェクトです。北海道とサハリンの間は40キロしかないから鉄橋を作る。またサハリンから大陸までは8キロ、そこは凄く狭いので、スターリン時代に半分はできているトンネルを作る。ロシアの鉄道省は凄く熱心なんですが、これを作ると日本はもう島国ではない。大陸に日本をつなげるためにはこれしかないんです。
 韓国へのプロジェクトもありましたが200キロぐらいあるので現実的ではない。ですからこれは凄く現実的です。一つの夢としては皆さんのお話にも出てましたが、例えば2020年の東京オリンピックの一つのキャッチフレーズとして、それまでには無理ですが、ヨーロッパとロシアのチームは飛行機で来るかもしれないが、鉄道でやってくればいい。日本のリニアとか優れた技術もあるでしょう。

 もう一つは、ロシアに来るとヨーロッパに行くだけでなくアラスカにも行けるんです。19世紀の末期にはべーリング海峡の鉄橋とかトンネルがかなり具体的に検討されていたんです。夢みたいな話ですが、その話をするとですね、今回の2+2ということは極めて重要だと思います。経済省との話も定期的にやれば、その夢が中長期的なプロジェクトとして大変影響があると思います。そうするとロシアも日本も雰囲気がよくなるし、明るい展望なのです。

 このように領土問題は解決するためにいくつかの側面があって、その側面が全部絡み合ってるんです。個別に検討することも良いですけど、その様なことを踏まえた気持ちでやっていただければいいのではないかと思います。


 最後にですが、私が高く評価している日本青年社の4年前の訪ロですが、一緒に行き、いかに皆さんが紳士的にロシアを正しい目で見ていたか、そういう意味でも凄く画期的であったと思います。

 モスクワでは、ロシアの元総理に会ったり、外務省の日本担当の局長に会ったり、一般の人達と話をしたりと、市場に行ったり、また共産党本部まで訪問された。皆さんも昔は昔、今は全然違う時代なのだと敏感に反応してくれたことに私も共感しておりまして、皆さんを尊敬してお話しをさせていただきました。