平成19年度 「全国議員同志連盟・社友総会」
爽秋、日本青年館大ホールで盛大に開催

平成19年11月17日


 爽秋の9月16日、「日本青年館(大ホール)」(東京都新宿区)で開催された日本青年社恒例の「全国議員同志連盟・社友総会」(以下「全国社友総会」云う)は、機関紙「青年戦士」(第407号)で述べた通り、全国の地方議員で構成される“議員同志連盟”と日本青年社の思想理念と活動指針に共鳴をいただく多くの方々によって構成される“全国社友会”が年に一度、実践活動に取り組む日本青年社とともに一堂に会してそれぞれの年間活動の総括と、更なる活動のの取り組みを発表する恒例行事だが、本年の「全国社友総会」は、昭和36年の結成以来46年の歳月を歩んできた日本青年社が、「旧来の殻を破り、新たな理想に向けて大きく羽ばたく」ことを内外に明らかにすることを最大のテーマとして開催。

 日本青年館・大ホールで行われた「全国社友総会」は、1500有余人が出席する中、午後1時55分、開演に先立って日本青年社綱領が朗読された後、会場から大きな拍手で迎えられて開幕した。

 司会者の開会挨拶に続き、日本青年社が昭和53年から平成17年まで27年にわたって取組んだ尖閣諸島実効支配の活動記録ビデオが放映された。このビデオ放映は、戦後日本の歴代内閣と官僚が既得権益を保持するための自己保身と事なかれ主義に固執してきたことが、いかに国益を損ねてきたかという事実を内外に広く訴えるための参考資料として、なぜ日本青年社が昭和53年に尖閣諸島魚釣島に自費で灯台を建設しなければならなかったのか。また、昭和53年から平成17年までの27年、政府がいかに中京政府の恫喝と内政干渉を恐れてきたか、そのためにいかに国益をないがしろにしてきたかについて訴えた。




議員同志連盟全国社友会代表紹介


松村茂夫
埼玉県久喜市議会議員

 全国から馳せ参じた議員同志連盟の諸先生、全国社友会代表、50有余名が壇上に列席する中、司会者が諸先生を紹介した後、議員同志連盟を代表して連盟議長・松村茂夫埼玉県久喜市議会議員が「私ども議員同志連盟は、日本青年社の皆様と一体となった活動をもちまして今日まで大きく成長を続けてまいりました。今年の春、統一地方選におきましては議員同志連盟の議員全員の当選を果たすことができました。埼玉県では、新たに私たちのメンバーから県議会議員も誕生しております。ご支援に心から深く感謝を申し上げます。現在日本全国十都道府県に私たち議員同志連盟の現職、元職の会員議員19名が活動を展開しております。一人ひとりが民族派議員としての誇りを持ち、正義と政治の大道を実践する一騎当千の議員として精力的に活動を展開しております。如何なる激動の中にあろうとも如何に混迷の中にあろうとも浮き足立つことなく、自分を見失うことなく、国民と政治の中に、そしてそれぞれの自治体の中に「倫理・道徳・品格の向上」が、手ごたえのある形で実践されるよう戦い続けております。今後は更に心ある議員の新規参入と同志人材の育成をはかり、戦力と組織の一層の強化、拡大を図ってまいります。勇気と情熱を共有する皆様のご支援を心から期待しお願いをするものであります」と挨拶。


 続く全国社友会代表挨拶では、全国社友会代表を務める四国徳島県に鎮座する「忌部神社」の門家茂樹宮司が「本日は斯くも盛大に全国各地よりご来賓の諸先生方、会員同志の参集を得まして、この総会が開催されますこと、誠にご同慶の至りで御座います。昨年私どもは国民待望の男系皇族、秋篠宮悠仁親王殿下のご誕生を歓喜をもってお慶び申し上げましたことはご記憶に新しい処で御座います。そして去る九月六日には、皇孫殿下にはめでたく満一歳の御誕生日をつつがなくお迎えにあそばされ、健やかにお育ちの由、両陛下のお悦びはいかばかりかと謹んで慶祝の誠を捧げ大宮の弥栄を奉りたく存ずる次第であります。


門家茂樹忌部神社宮司

 扨、日本青年社は楠公精神を社是として結成されて爾来30有余年の長きにわたり、皇室の尊厳護持を第一義として時局に俊敏に対応し、先ほどのビデオにも御座いましたように尖閣諸島実効支配、ソヴィエト・ロシアに対して北方四島の奪還運動、また北朝鮮による拉致問題、そして近々には東京裁判再審請求問題などと、時代の先駆けとなって様々な運動を展開してまいりましたことは御案内のとおりで御座います。そしてこれらの運動の成果を国民運動として確実に拡大すべく、全国社友会・議員同志連盟が結成され、全国各地に次々と支部を創設し、多くの議員さんの参加が見込まれ、大きな国民運動の輪が全国に展開しつつあります。本年も壇上に多くの新しい仲間を得ることができました。ともに喜びと致す処で御座います。そして全国社友会は様々なお仕事を持つ方がそれぞれの日常の活動と仕事の中で、国民大衆運動として日本青年社と緊密不可分の民族活動を展開しています。然しながらわが国内外の状況を省みまする時、先般の参議院選挙における自由民主党の歴史的敗退、それに伴う安倍総理の突然の辞任など、時局は正に混乱の極みにあります。利権猟官のために右往左往する政治家ども、国民の存在を忘れ己が保身にうつつを抜かす官僚役人ども、大衆に迎合し無責任に害毒を流す偏向マスメディア、そしてそれにあやつられ踊る無知蒙昧の大衆、正に人道は地に落ち、堕落の極み末世末法と言うべき世情は誠に憂慮にたえません。政党政治が自らの腐敗により、国民の支持を失い瓦解した昭和初期が彷彿(ほうふつ)とされる訳でございます。

 直ぐそこに昭和維新、青年日本の歌が聞こえてくるのは私だけでありましょうか。

 今後我が国は益々多難な局面を向かえ、亡国自滅の道を迎えつつありますことは、もはや自明の理であります。

 斯かる事情のときにあたり、日本青年社同志諸兄におかれましては新しき民族運動、新しき平成維新に向かわれ、小林楠扶創設者会長が掲げられた大楠公の七生報国の旗のもと、祖国日本の真の独立と真摯建言のため邁進されんことを期してやみません。我等同志連盟、社友もこれに続くことをお約束申し上げます」
と挨拶した。


 続いて、新潟県中越沖地震で大きな被害を受けた、連盟相談役・三井田考欧新潟県柏崎市議会議員の挨拶がありました。


三井田考欧
新潟県柏崎市議会議員

「去る7月16日、震度6強を越える地震が起こりまして11名の尊い命がなくなりました。その中、逸早く現地に駆けつけて頂いたのは、日本青年社時局対策局、水野局長はじめ新潟県本部、それから本部長以下、青年社の同志の皆さんです。
 自衛隊よりも早く、約1500食の食料を持って現場に駆けつけて頂きました。現場には地元町内会をはじめ、多くの方が列を成し、町内会長からは涙ながらの感謝の言葉があったということをご報告したいと思います。

 そして暑さもピークになったころ、我々被災者は動くこともままならない、こう言った状況の中を、駆けつけて頂いたのは長野県信濃社友会の宮本憲寿代表をはじめとする皆様です。またここにお集まりの同志の皆様も多く駆けつけて頂きました。ここで改めてお世話になりました柏崎市民を代表しまして御礼を申し上げます。

 また私は毎年8月15日に靖国神社の参拝をしております。今年は被災者のこともありましたことが、「今年はいけないから変りに行ってきてくれよ」と言うおじいちゃんおばあちゃんのお気持ちを受けて、靖国神社の参拝に行った訳で御座いますが、何と憲法9条を守れだの、中国に謝れだの、そう言ったとってもお馬鹿な極左団体が、機動隊に守られながら靖国神社周辺を周っておりました。

 普段国家転覆を言っている極左の団体が、機動隊に守られて靖国神社を撤廃せよと活動している。そこに敢然と立ち向かったのが日本青年社です。

 この震災でのことなどを含めて、私は日本の領土を守り、そして国民の生命を守ることにも、ご努力されているのが日本青年社であると思いました。

 私はこれからの生涯、日本青年社がこういう活動をしているということを、ことあるごとにアピールしていきたい」
と挨拶された。


白井常信先生

小池松次先生

※ 三井田議員と新潟県本部及び信濃社友会の支援活動↓
 ●7.16新潟県中越沖地震被災者支援活動と現地報告
 ●日本青年社・信濃社友会/新潟県中越沖地震発生からボランティア活動支援まで


 以上、代表3人の方の挨拶に続いて、日本青年社教育指導顧問・教育学者・小池松次先生と議員同志連盟設立時からご指導を頂きます帝京大学常任顧問・白井常信先生が紹介されました。


元内閣府副大臣・帝京平成大学教授/米田建三先生のご挨拶

 また特別来賓として議員同志連盟指南役であり顧問的立場におられます元内閣府副大臣・帝京平成大学教授・米田建三先生が挨拶に立たれ、「先ほど尖閣諸島を守るため皆さんの長い長い戦いの記録を拝見しながら、その輝かしい活動に私も目頭が熱くなる思いで御座いました。そして私自身も登場させて頂いておりましたけれども、私が顧問を務める超党派の議員連盟に青年社の皆さんをお招きして、その苦しい苦しい体験談を振り返ってお話し頂いた。そのことを思い出させていただいた訳であります。私は青年社の皆さんを先頭に、先の参議院選挙、正に安倍総理の「戦後体制からの脱却」と言う理念に呼応して戦わさせて頂きました。多くの自由民主党の公認を頂いた候補者が、形成悪しと見て次から次へと主張を変え、戦後体制からの脱却どころか、最後は党や安倍批判まで繰り返すと言う醜態の中で、皆さんの思いをわが思いとしながら最後まで、「戦後体制からの脱却」を堂々と訴え続けました。私は志を果たすことはできませんでしたけれども、そのことを誇りとしながら、様々な形でお支え頂いた皆様方の思いをわが思いとしながら最後まで堂々と戦うことができたことを、この場をお借りしまして心から感謝を申し上げたいと思います。有り難う御座いました。


米田建三先生

 いま正に私たちの国は、惨憺たる状況にあります。期待されて登場した安倍さんは、総理の憲法解釈の変更と言う簡単な、言わば手続ですむところの集団的自衛権の容認すら果たせずに退場しようとしています。そして方や政権を奪わんとする民主党はどうでしょうか。あの普通の国を目指すと言った小沢一郎さん、同じ人物かと疑わしくなるほど主張が大きく変り、旧社会党のような、いわゆる観念的な平和を望む大衆迎合の主張の延長戦の中で、テロ特措法問題についても反対である。インド洋上からの撤退ということを主張している訳で御座います。ただのガソリンスタンドの役はもうやだよ、と、ここまでのこのセリフはすっきりしている訳でありますが、もう一枚カードが足りないんじゃないでしょうか。日米同盟の実を示すために日本の報酬だけを求めてきた戦後の日米関係のあり方を超えて、北の核放棄と、拉致被害者の解放に期限を切って第七艦隊を北朝鮮沖合いに展開してみせろ。それをやってくれるなら、ただのガソリンスタンドの役割りを続けていいぞと、それくらいの交渉をすべきではないでしょうか。

 あるいはまた日本の外交の自主権を奪っているところの免疫力、敵の侵害を予期する打撃力のスピードをアメリカに委ねて、そして我が国自身は敵の侵害に対する敵の国土や基地を攻撃する能力を持たないと言う馬鹿馬鹿しい、この専守防衛の構造と言うものを乗り越えて、自主武装の度合いを強めるぞ、というような主張を小沢さんは本来すべきでありますけれども、ただ単に危ない地域だからダメだと言う戦後の伝統的なエセ平和主義の中で、大衆迎合の主張を行っている訳で御座います。自民党も頼りにならない。民主党も頼りになりません。安倍さんはすっかり裸の王様で、もう辞任表明前からみんなが言い出してました。しかし世話になった連中も知らん顔、それが情けない自民党の姿であります。誰も守ろうとしない。そして民主党は今申し上げたような程度であります。しからば、私は、期待された安倍政権が瓦解し、時計の針が逆の方向に回ろうとしてる時に、青年社の皆さんのような民間の活動の重要性がいよいよ増してきたと言う様に思います。尖閣諸島を死守してきたように、そしてタイ王国に先人英霊に感謝、供養すべく平和祈念公園を建立するような具体的な活動と、そして常に青年社の皆さんは理論武装と政策の研鑽に務めてこられました。どうか祖国日本が混迷の時代に突入しようとしている今こそ、青年社が新しい、救国の先駆けの運動体として力強く前進されるようにご期待とお祈りを申し上げる次第です。私も微力ではありますが全力を尽してお手伝いを申し上げて参りたい」
と挨拶された。

日本の象徴的指導者
高野山真言宗・烏帽子山最福寺法主池口惠觀先生が、日本青年社『全国議員同志連盟・社友総会』に於いて挨拶される。
池口惠觀先生・プロフィール

 日本の象徴的指導者である鹿児島県鹿児島市の烏帽子山最福寺法主、池口惠觀先生は、真言密教修験の第十八代目の相承者・護摩の国修験五百年の伝燈法師であり、相承秘伝の護摩を日々厳修、一切衆生の祈願に応えられている。また最高秘法である「焼八千枚護摩供」を九十四回以上も修行され、その絶大な法力は、広く内外に知られている。
 昭和63年12月には、真言密教最高厳儀「学修潅項」に入檀受法され伝燈大阿闇梨位のご昇供され、翌、平成元年には、百日間にわたり、密教史上誰もがなしえなかった秘法「百万枚護摩行」を御修行されるなど、不世出の大行者として、我が国はもとより世界の仏教会の第一人者として、幅広く活躍する。
 また医学博士として、国内はもとより海外の大学の教授や理事を務められ、政界、財界、スポーツ界、芸能界などに幅広く人脈を築かれている。
 神奈川県藤沢市の江ノ島大師も鹿児島の最福時と同じく、全国から多くの信者や観光客が訪れている。
 烏帽子山最福時の総代は、自由民主党の鳩山邦男法務大臣。


ローマ法王ヨハネ・パウロ二世に特別謁見


ロシア正教アレクセイ二世猊下に謁見


高野山真言宗 松吟山大光寺住職
伝燈大阿闇梨大和尚
須藤哲乗権中僧正 略歴

 昭和三十六年、十二歳の時に出家得度、その後十三歳で単身奈良に赴き、南都七大寺の一つである元興寺・辻村泰園大僧正の室に入り、勉学、修行する。その間、総本山西大寺において菩薩流加行成満、四分律得戒。私生活においては、華道、茶道を取得し、八年間を奈良で過ごして高野山に登領する。
 高野山では、専修学院に入学。中院流加行成満、有部律得戒、伝法潅頂檀了。卒業後は、高野山塔頭別格本山浪切不動別当南院に止宿し、八千枚大護摩秘法を修し、歓学会初年目、二年目に出仕。三年間過ごし、御影堂御影修理沙汰を経て、総本山金剛本寺総務部に奉職すること四年、昭和天皇高野山行幸啓の折には、お部屋係。都合八年を高野山に在山する。昭和五十二年本山を辞し、相模成就院に普住し、民生委員、児童委員、青少年指導員、ボーイスカウト団委員長、その他を歴任。平成元年学修潅頂に入壇し伝燈阿大闇梨位に昇進。親交のあるスリランカ国ラーマニア宗管長シロガマ・ヴィマラ師の事業人協力。福祉施設の建立や運営を助け多大な貢献をしたとスリランカ国大統領より感謝状を拝受する。
 平成六年、横浜大光寺に転住し現在に至る。

来賓のご挨拶

 日本の象徴的指導者であり、炎の行者として国内外に知られる高野山真言宗烏帽子山最福寺法主・池口惠觀先生と高野山真言宗松吟山大光寺大和尚・須藤哲乗先生が登壇され、司会者から略歴紹介がなされた後、池口惠觀先生が挨拶された。

【高野山真言宗・烏帽子山最福寺法主池口惠觀大僧正ご挨拶】


 本日は日本青年社の皆さまの「全国議員同志連盟・社友総会」が開催されますこと、“サポーターの一人として”、心よりお祝い申し上げます。また皆さま方が本日の会を機に、旧来の殻から抜け出し、新しい日本の創造に向けて、大きく飛躍を図ろうとされていることに、私は深甚なる敬意を払うものであります。

 私の家は鹿児島で室町時代から五百年以上続いております行者の家系で、現在は高野山真言宗の寺・最福寺を持ちながら、真言密教の行者として、日々、大きな火を焚く護摩行を行い、世界平和と衆生の救済を祈っております。

 そんな私から見ますと、昨今の日本はいよいよ亡国の淵に向かって歩んでいるように思われてなりません。小泉政権が「構造改革なくして景気回復なし」を合言葉に、国民に「米百表の精神」を説きながら、何とか経済再生のメドをつけてきたことは周知の事実であります。しかし私はかねてより、「構造改革を断行して、景気回復を成し遂げたとしても、真の日本再生は難しい」と、警鐘を鳴らし続けてまいりました。と申しますのも、戦後六十二年、日本が道徳的・精神的荒廃に至ったのは、高度経済成長を錦の御旗にして、カネとモノを追い求めるあまり、日本社会の底流に流れる清冽な地下水とも言うべき、伝統的精神や道徳を置き去りにしてきたからだ、と考えるからであります。つまり、日本古来の伝統的精神や道徳に対する目覚めがなければ、いかに景気が回復したとしても、真の日本再生は為し得ないのであります。 そのことを最も真摯に受け止めた政治家の一人が、今回、辞任表明に追い込まれた安倍総理であります。「美しい国・日本」というキャッチフレーズは、いささか情緒的でよくわからないという批判が、自民党内のもありました。しかし、安倍総理が総裁選前に出された『美しい国』という本をよく読めば、その真意が日本古来の伝統精神や道徳を再評価し、この国本来のお国柄を取り戻すことにあったことは明白であります。

 また「戦後レジームからの脱却」も、まさに皆さま方が目指しておられる敗戦後遺症からの脱却、すなわち東京裁判史観からの呪縛から解き放たれ、自らの手で自主憲法を制定して真の日本新生を成し遂げることに他ならなかったのであります。

 日本古来の伝統的な精神や道徳に根ざした本来のお国柄を取り戻すことによって、真の日本再生に道筋をつけようとされた安倍総理が、さまざまな原因はあったにせよ就任一年足らずで退陣に追い込まれたところに、私はこの国がいよいよ亡国の淵に沈んでいく「危機」を感じるのであります。

 安倍総理の辞意表明を受けて、この二、三日に自民党総裁選が行われますが、すでに元官房長官の福田康夫さんが、自民党国会議員の大半の支持を固めて、事実上の勝利を決めたかのような状況になっております。しかし私は自民党のこの現状にも深刻な「危機」を感じるのであります。

 福田さんは昨年の総裁選出馬を見送られて以来、永田町の表舞台に立たれることはなかった人であります。その間、「ポスト安倍」を目指して、闘志を燃やし、英気を養っておられたという話しも、私は寡聞にして知らないのであります。また、多くの国民も福田さんがどのような政治理念をお持ちになり、どのような政権構想を描いておられるのか、まったく知られていないのであります。

 その福田さんを、麻生派以外の派閥がこぞって担ぎ上げ、立候補届け出前に、総裁選の結果がほぼ決まってしまうという状況に、国民は白けた気分を味わっているに違いありません。中には、自民党は昔の派閥政治に戻ってしまったのかと、失望している人もいます。自民党の熱心な支持者ほど、その思いは強いのではないかと思います。

 このまま、「筋書きのある総裁選」が行われ、福田総理総裁が誕生したとしたら、自民党は次の総選挙で参院選に続いて惨敗し、再び政権の座から下野するハメになるのではないかと、私は大きな不安を感じざるを得ないのであります。

 自民党が激論を戦わせることなく、国民不在の総裁選を行うという現在の状況は、真にこの国を愛する皆さま方が、「自民党はそんなことで良いのか!」と、それこそ民族派の皆様が総動員して抗議行動を行うぐらいの、深刻な事態ではないかと思います。私はこの国を愛し、国民を愛しているがゆえに、祈るような気持ちで今回の総選挙を見守っているのであります。

 マスコミが何と言おうと外国がどう思おうと、日本は精神的な荒廃から立ち直るために、この国の底流に流れる清冽な地下水である伝統的な精神や道徳を取り戻し、真の日本再生に向けて、息の長い努力を続けていかなければならないのであります。そのことを置き去りにしたまま、派利派略で総理総裁が決められるようでは、日本の将来に大きな禍根を残すことになりかねないのであります。

 最後に、真言密教の祖師、弘法大師空海、お大師さまは、国家、国民の繁栄、皇室の安泰ということを、心の底から願い、祈られた方でありました。

 今から千二百年前に遣唐使船で唐に渡り、都・長安の青龍寺で恵果阿闇梨から密教のすべてを伝授され、日本に密教を持ち帰られたのでありますが、お大師さまは唐に渡る前、各地の深山幽谷で激しい修行を行い、室戸岬で明星が口に飛び込むという神秘体験をされています。つまり、日本古来の神々を背負って唐に渡り、当時最新の仏教であった密教を持ち帰られたのであります。

 お大師さまも心の中には、密教を日本の神々と融合することによって、この国と国民の繁栄、皇室の安泰を資するというおおきな欲、大欲が沸々と沸き立っていたに違いありません。だからこそ、お大師さまは皇室のために、国家鎮護の行を何度も繰り返しお勤めになりました。また、お大師さまと親交を結ばれた嵯峨天皇も、お大師さまが真言密教の一大道場を開くために、高野山の地をお大師さまに下賜されたのであります。

 お大師さまの法灯を受け継ぐ一人として、私は、国民が皇室を尊重、敬愛し、日本古来の伝統的精神や道徳を遵守しながら、この国に誇りを持って、国際社会に貢献する、そういうお国柄を取り戻したいと、日々、祈っています。

 本日お集まりの皆さま方が、密教で言うところの身口意、すなわち身体と言葉と心をフル回転させて、この国本来のお国柄にそった新しい国づくりに力を尽していただきことを、心より祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。


東條由布子女史ご挨拶

 続いて、第四十代日本国総理大臣を努められた東條英機陸軍大将のご令孫である東條由布子先生が次のように挨拶された。


東條由布子先生

 「先の参議院選では大変皆様方にお世話になりましたにも関わらず、私の力不足のために当選にはなりませんでしたが、皆様から頂戴致しました心を大切に、次の活動に向け続けてまいりたいと思います。私は現在NPO法人・環境保全機構と言うものを主宰しておりますが、主な活動は皆様方もなさっておられます異国の戦場での遺骨収集で御座います。それと愛知県は三ヶ根山と言うところにユートピア三ヶ根と言う慰霊の施設を持っております。三ヶ根山には日本青年社の皆さま方に毎年四月二十九日にお参り頂いて大変盛大な会を模様して下さっております。本当に心から感謝しております。

  この度の参議院選では、どこかの政党からの公認を願っていたのですけれど、やはり現在の、社会情勢では私を抱えるということは中々難しく無所属で出馬をさせて頂きました。私の大きな選挙公約としましては、国のあり方、そして教育の問題などがありますが、日本人の子供達を教育するにも関わらず、日本国の教科書には近隣諸国の検閲が必要であるということを恐らく皆様はご存じないと思います。どんな良い教科書を作ろうとしても近隣諸国条項と言うものがあるために、これは宮沢政権当時、河野官房長官当時に制定されてしまった近隣諸国条項、この近隣諸国の検閲がなければ日本人の子供達の教科書の検閲が通らないと言う非常におかしな条約を結んでいます。この近隣諸国条項の撤廃、そして私が今携わっております一一三万柱が残された異国の戦場に放置されたままの御遺骨の日本への返還、そして今非常にしわ寄せがきております老人、あるいは障害者の方々の問題、これを何とかするために厚生省から福祉省を分岐して独立させる、そのような大きな四つの柱を立てて戦って参りました。これは今回の選挙で必要なものではなく、将来にわたって、又現実の問題として大変大切な問題だと思います。私はこれからの活動を、国会議員になるというようなことではない方法も考えながら、これらのことを何とかして実現させて行きたいと思っております。

  残念ながら先ほど池口先生がおっしゃられたように安倍さんが途中でとうとう心身ともにくたびれ果てて安倍政権は崩壊いたしましたけれども、今日の毎日新聞の朝刊に私はコメントを求められまして、大きく載せてくださっていました。麻生さん、福田さん、どちらを応援しますか、と言うコメントが出ていました。私は福田さんになったならば北朝鮮問題、そして靖国問題、また中国への接近の問題、これらの問題が今までの方向とはかなり違って来るだろうということと、麻生さんは不利だと言われておりますが、この十対一の中でも麻生さんは頑張って自分が出なければどうなるなんて意気込みでお出になり、こう言う危機に陥っても尚且つ日本を変えようというあの思い、そして恐らく麻生さんは安倍さんの意志を継いで安倍路線を継承されるだろうということに対しては、私は麻生さんを応援させて戴きたいと、ですが多分福田さんになるでしょう。しかし福田さんは靖国神社の代替施設を作ろうと、そしてまた北朝鮮に対しては対話路線で行こうと、又中国には、非常に親中派でいらっしゃいますのでこれらのことを私どもはしっかりと見守っていかなければいけないと思います。

  又、今日見せて頂きましたあのビデオ、心から感動しながら、もう胸に熱いものが上がってくるのを抑えながら見せて頂きました。あれほど皆様方は命がけで日本の国土を守っておられる、それにも関わらずマスコミが、いわゆる右翼という十把一絡げで悪く伝えてしまうことの空しさをしみじみとあのビデオを見ながら感じました。皆様方は自信を持ってあれだけのことをしていらっしゃる。日本の国土を命がけで守っていらっしゃる。左翼は国土を守りませんね、右翼といわれる皆様方は本当に命がけで国土を守っていらっしゃる。左翼は国土を壊す。それにも関わらず右翼という言葉が悪く言われる、それでも皆様は自身と誇りを持っておやりになっている。私の「祖父東條英機一切語るなかれ」に書いてありますが、戦後の東條家は右翼と言われている方々に守られて今私どもがこうして生かして頂いています。そういう思いから私は日本青年社の皆様方がやられていることに心から感謝を申し上げてます。どうぞ皆様は自身を持って活動を続けて欲しいと思います」
と挨拶された。


同志紹介

 同志紹介では、大阪本部の吉田敏章本部長と隊員の田中義之氏が登壇、吉田本部長の「大阪本部の田中義之君であります。生まれながらにして難聴と言う障害を抱えておりますが後にスピーチしてもらいます。非常にお聞き苦しい点が多々あろうかと思います。が、どうかこの場に免じご容赦頂ければ幸いで御座います。また彼の民族運動に対する思いは非常に熱いものがあります。しかるに本日彼の発する言霊(ことだま)とでも申しましょうか。それの一つでも皆様に感じ取っていただければ幸いと思います」との紹介で、田中義之君が、挨拶に立った。

【難聴と言う障害を抱えての活動】


吉田敏章大阪本部長と
スピーチする隊員の田中義之氏

「私は、昭和五十二年五月に、大阪で生まれました。現在三十才です。私は生まれた時から、聴覚障害児でしたので、小学校・中学校は聾学校にかよいました。中学を卒業してから、大阪府立生野高等聾学校に入学しましたが、学校では、いつも、腕に技術をつけたいと考えていました。それは、学校を出たとき、果たして私にできる仕事があるのだろうかと悩んでいたからです。そして思いきって高等聾学校を中退して、国立の職業訓練学校に入学しました。

 私は、難聴という障害を抱えていますが、生まれたときからの事ですから、日常生活には何も不自由を感じません。でも周りの人たちは、私を気にするようです。私は、みんなの話すことはわかるし、一緒に生活できるのに、周りの人が、耳が聞こえないんだ、という目で見ることが一番悔しかったです。

 私は現在、妻と子供三人の五人家族です。妻は私と同じように難聴障害を抱えていますが、結婚して子供ができると私の考え方は変りました。

 それは私が家庭を持ち、子の親となった時、私は、社会に心から感謝するようになったのです。そして、全国に沢山いる、私と同じような障害を抱えた人たちの気持ちを、どうしたら健康な人たちに受け入れられるのか、どうしたら一緒に同じ事ができるのか、と考えました。そのために、何か社会に役立つ仕事につきたいと考えて、色々な職業を経験しました。そのような時、市内のある駅前で、車の上から、マイクを持って演説をしている右翼の人を見ました。

 その時、私はこういう方法で、私たちの思っていることや考えている事を訴えればいいんだと思って、地元の右翼団体を調べたり、たずねたりしましたが、私が思っていたような団体は、ほとんどありませんでした。しかし私はあきらめないで、今度はインターネットで右翼団体を探したのです。そんな時に日本青年社の大阪本部があることを知って電話を掛けました。私はこんな話し方をしますから、多分、電話に出た方は驚いたと思いますが、その人が、大阪本部の吉田本部長だったのです。吉田本部長は私に「ともかく会おう、話しを聞こう」と言ってくれました。これが私と日本青年社の出会いです。

 吉田本部長は、私の話しを良く聞いてくださり「できる限り頑張ってみろ」と言われました。それからは日本青年社の色々な行事に参加しましたが、どの行事も想像していた通りのものでした。私は日本青年社に入ってから、今年で六年になります。現在は、会社に勤めながら、日本青年社大阪本部行動隊員として、吉田本部長の指導を受けながら、頑張っています。

 そこで皆さんにお願いしたいのです。日本には、身体に障害を持った人たちが沢山います。そして普通の人以上に人の痛みを知っています。そして、みんな頑張り屋さんなのです。ですから体に障害があるからといって特別扱いされたくないんです。みんな健康な皆さんと同じような仕事をして、同じように生活して、社会に役立ちたいと考えています。

 お陰さまで私は、日本青年社という大きな懐(ふところ)に飛び込む事ができました。そして今は、小学校、中学校、高校で、机を並べた同級生が「田中と一緒に民族運動がやりたい」と言ってきます。そんな時、私は「遠慮しないでこいよ」「日本青年社はみんな仕事をしながら民族運動をやってるんだ」「民族運動は心と心の絆(きずな)が大切なんだ」「日本青年社はそういうところだ」といつも話してます。

 今、私は、日本青年社の一員であることに誇りを持っています。そして、吉田本部長を師と仰ぎながら、体に障害をもつ人たちの気持ちを大きな声で訴えていますが、ぜひこういう運動を全国に広げて行きたいと思います。

 皆さんの周りにも私のような聴覚障害の人たちがいると思いますが、みんな健常者の皆さんと同じように、仕事がしたいんです。それが私たちが社会に出るまでお世話になった多くの人たちに恩返しすることのできる社会貢献だと考えています。そして、私は、全国にいる多くの身体障害の皆さんの、目標になり励みになるように頑張って行きたいと思っています。」
との、切々とした訴えに会場からは惜しみない拍手が送られた。


自由民主党同志会の御紹介


岡崎二朗氏

 自由民主党同志会御紹介御挨拶では、同志会推進委員長の俳優・岡崎二朗氏が司会を努め、「本日はお忙しい中を、全国議員連盟、社友総会のためにお運びを頂きまして本当にありがとうございます。今日はこのお祝いに自民党同志会の各ブロックの代表が馳せ参じております。

 実は、私は日本青年社の方々に大変お世話になっておりますが、私は長きに渡り日本青年社と行動をともにしてまいりましたが、何のお役にもたったことがありません。そしていつも何か私にできることはないかと思っていたんですが、三十年前になりますか、私の師匠の鶴田浩二が、「この男はいい男やから岡崎世話になっておけ」と言ってご紹介を頂いたのが、自民党同志会最高顧問、そして事務総長も兼任していらっしゃいます福田晃丈先生でございます。

 自民党同志会の最高顧問は、初代が元総理・福田赳夫先生で御座います。二代目福田晃丈先生が「俺は日本青年社が大好きなんだ。日本一の政治団体じゃないか。岡崎、俺を会長にあわせろ」と言って下さいました。このとき私は、これで日本青年社の役に立つことができると思いました。日本青年社の活動は国家のために、国民のために長きに渡り取り組まれております。先ほどのDVDにあった尖閣諸島の灯台も二十七年もかかってやっと国が動きました。拉致問題も二十年以上、横田めぐみさんを返せ、と叫び続けてやっと政治が動いてまいりました。タイ、八王子、そのほかに平和祈念公園を建立、この大きな地道な活動が皆様のお陰で少しづつ大きなうねりとなってきております。そしてここで、政権党であります自民党に意見を言える方、天下のご意見番であります福田晃丈先生のお力をお借りしまして青年社とともに自民党同志会が国にものを申せる団体であるように手を組んで行って頂きたいという事で本日お運びを願いました」
と挨拶した後、全国から駆けつけてくれた五十人の各代表紹介に続いて、同会最高顧問兼事務総長の福田晃丈先生を紹介された。

【自民党同志会最高顧問・事務総長/福田晃丈先生ご挨拶】


福田晃丈先生

 紹介を受けた福田晃丈先生は「私は自民党の立場で皆さんの前に本日でてくるのが非常に恥かしい。日本青年社は現実にいいリーダーをもった実行集団として政権政党よりも、このビデオに出てるが如く、間違いなく思いを遂げています。非常に今の時期、恥かしいと思うのは自民党に確たるリーダーがいません。政権政党である自民党にリーダーがいないということは、国が非常に危ない状態にある。今日、お集まりの皆さんは当然それを感じておられると思います。家庭に中においてもリーダーがしっかりしていれば、家庭によってはご主人でなく奥さんである場合もありますけれども、いずれにしてもリーダーがしっかりしていれば家庭も安定です。今日ビデオを見ながら改めて胸が熱くなりました。私はこの日本青年社が設立の時から関係を持っておりましたけれども、今日ほど、この時こそ、手を携えて一緒にやって行かなければならない、そういう思いに駆られました。
 この実行力のある青年社さん、我々とともに手を携えて日本国のために何をなすべきか、もっと広くもっと深く、ただ一つの政治結社ではなくて、いわば、政権政党以上の力を持つ、そういう資質のある一人ひとりがリーダーの素質を持っておられる皆さんが、今日お集まりになっているという風に確信を致しました。これからぜひ皆さんとともに行動を取らせて頂くことをお願いし、お誓いを申し上げる」
と挨拶されたことに続いて、岡崎二朗先生が再度マイクを握り、「どうか青年社におかれましては、このご縁を大切に心一つにして、日本のために、そして友達、皆様の大切な家族のために、皆で元気に日本を守っていけるように力を併せて頂きたいと思います」と結びの言葉を述べた。

 


小林明全国社友会理事長

謝 辞

 続く謝辞では、小林明全国社友会理事長が「皆様、長時間にわたり有り難う御座いました。本会もつつがなく終了することができました。これも偏に本日ご臨席賜わりました皆々様のお陰と存じ上げております。先ほど来、諸先生、諸先輩、また同志同憂のお話を聞いておりまして、東條先生のおっしゃったこと、その通りで御座います。どうなんでしょうか皆さん、僕は良くこの壇上とか色々な処で怒りまくってるんです。もう腹が立って腹が立ってしょうがない。我々日本青年社の社歌の一節の中に、わが国民を守るため、と言う一節がございますが、守ってもらってるんですか政府に、社会保険庁の問題然り、どうなんでしょうか、大事な皆さんの年金をネコババしてやめて、あまねく退職金まで取っている馬鹿野郎が多い、馬鹿野郎なんて言葉を使うと松尾会長に怒られるんです私はよく、小林さんそんな馬鹿野郎なんて言葉はやめましょうと、でも馬鹿野郎は馬鹿野郎なんです。どうなんですか皆さん。右翼民族派という言葉に、この美学の中に我々はどっぷりつかりながら私は頑張りますよ。私も正業をやってましてね、良く言われるんです。「あんまりでしゃばると出る釘は打たれるよ」と、打たれてもらおうじゃないかと、我々のやってることは民を守るんだ。弱い物いじめはしないんだ。この行動美学の中で一生懸命頑張ります。今日こうやって見ると若い方も大勢いらっしゃいます。どうぞ皆さん頑張りましょう」と心から御礼を述べた。


伝統と使命を継承

 最後に二十有余団体の神輿会による総締めが行われた。総締めは神輿会のメンバー五十人が粋なはっぴ姿で登場。司会者から各神輿会の代表が紹介された後、神輿会を代表して晴天會の福田直樹會長が、日本青年社議員同志連盟と全国社友会の益々の発展と、開場いっぱいの出席者のご健勝を祈念し、声高らかに「全国社友総会」恒例の五本締めで総締めを行い、4時30分閉会した。

(※注)
 日本青年社には、様々な宗教に関わり、又政治政党に関係している人たちが多くいます。又、宗教には正しい人の道を説く崇高な理念があり日本人の信仰心を養います。
従いまして、日本青年社の目的とするところの思想信念を目指すものであるならば、何ら政治政党・宗教宗派にこだわるものではありません。
 各界各層に於かれましても視野を広く持ち、祖国日本の繁栄と発展を望むものならば、小事にこだわることなく、大道に立って国家社会に貢献することを旨とするものであります。

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